決 意


 

(ついに、完成してしまった・・・・)

 彼女は、地下の研究室の机に深く頬杖をつき、周囲の空気よりも比重の重いため息をそっと吐き出した。

 彼女の目の前には、二粒のカプセル剤。
 自分の研究が招いた悲劇を・・・歪んでいた時の流れを、正常な状態に戻すことのできる、その、薬。
 APTX4869の、解毒剤。

「完成した、と伝えれば・・・喜ぶでしょう、ね・・・」

 もう一度 、今度は小さく息をついてから、彼女は声に出して呟いた。

 この解毒剤の調合に必要だったデータは、あの名探偵がすべて持ち帰ってきた。
 かつて彼女が組織で手がけていた研究の資料を執念で探し出し、APTX4869の現物と、その膨大な研究データ とを手に入れることに成功したのだ。
 そして、そのデータをもとにして彼女が完成させたのが、この二粒の解毒剤。
 元々が自分で作ったものなのだから、データさえ揃ってしまえば、その解毒剤を完成させることは、さほど難しいことではなかった。
 これを口にすれば、不自然に幼児化している彼女の身体も、本来あるべき姿に戻 ることができるだろう。
 ・・・そして当然、彼の姿も。

 元の姿を取り戻すことは、彼の悲願だった。普段は冷静なあの男が、この資料を手に握り締めて戻ってきたときには、興奮して声が上ずっていたくらいなのだから。

 彼には、本当に世話になった。言葉では言い表せないくらいに、感謝している。
 組織の影に怯えながら生きていた彼女を、守り、励まし、支えてくれた。その正義感と、残酷なまでの優しさで。
 ・・・彼をそんな姿にしてしまった元凶が彼女であるということを、よく分かっていたにもかかわらず・・・。

 その彼を、喜ばせてあげられるのだ。これで、いいではないか。

 ・・・だが。

 彼女はそっと、瞼を伏せる。
 わかっている。
 彼が、元の身体を取り戻すのは、あの人の、ためなのだ。彼が、ずっと待たせ続けてきた・・・最愛の人。
 あの人の元へ帰るために、彼は命をかけて、傷だらけになりながら、必死に組織と戦い・・・ついには組織を壊滅に追い込んだ。
 卓越した頭脳と、強い意志と、何よりもあの人への想いとが、彼を最後の勝利者にしたのだ。

(私を守ってくれたのは、その、ついで)

 たまたま自分の敵が、彼の敵と一致していただけの話。
 ・・・わかっている。
 彼は、あの人のところに戻るのだ。本当の姿を取り戻して。

 二人の想いの強さは、すぐそばで見てきて、嫌というほどわかっている。
 組織が壊滅し、命を狙われる危険がなくなった今、あとはこの解毒剤を口にするだけ。それだけで、彼の止まっていた時間は動き始める。
 あの人と一緒に、歩き始める。

 彼女は解毒剤を左手の掌に乗せ、ころころと小さく転がした。彼の分と、自分の分。それ以上は必要ないと思い、二粒しか調合しなかった。
 これを飲んだ瞬間に、彼と自分とは、別々の道を歩いていくことになる。

 彼は元の高校生探偵に戻り、持ち前の推理力を活かして、これからも活躍していくのだろう。
 ずっと待っていてくれたあの人と手を取り合って。大阪にはいいライバルがいて、外国には優しい両親もいる。幸せな彼の未来図が、ありありと脳裏に浮かんでくる。

(じゃあ、私は・・・?)

 実のところ彼女は、自分自身の未来図を上手く描けないでいた。
 幼い頃から、組織の研究者として生きてきた。両親を早くに亡くし、唯一の肉親だった姉も、組織の手にかかって命を落とした。友人も、恋人も、作る余裕などなかった。

(私を待ってくれている人なんて、どこにもいない・・・)

 彼との違いに、今更ながら愕然とさせられる。

 同じようにあの薬を飲み、同じように幼児化してしまった、彼と自分。
 幼児化している間は、同志だった。仲間だった。同じ秘密を共有する、同じ境遇を味わった、唯一の人。
 そのとき彼女は、あの人よりもずっと彼に近い存在であることができた。何しろあの人は、彼が仮の姿でずっと自分の近くにいたのだということさえ、知らずにいるのだから。

 組織の恐怖に怯えながらの辛かった・・・だけど、今にして思えば幸せだった、日々。
 この小さな爆弾は、それを終わりにする・・・?

 彼女はもう一度、掌で解毒剤を転がした。

(・・・もし、この解毒剤が、完成しなかったら・・・?)

 一瞬脳裏をかすめたその恐ろしい考えに、彼女はぶるっと身体を震わせた。
 ・・・何を考えているのか。
 それは、彼のこれまでの必死の戦いを、すべて意味のないものにしようとする行為に他ならない。
 やっと訪れる彼の平穏な生活を妨げることなど、決して、してはならない。

(ああ、だけど・・・!)

 ・・・怖いのだ、自分は。元の姿に戻った瞬間に、たった一人で世界に放り出されてしまうことが。
 誰も待つ人のいない暗闇で、 一人で生きてゆくことが・・・。

 彼女はカプセル剤ごと左手をぐっと握り締め、そのままテーブルに突っ伏した。ぎゅっと強く目を閉じて、その恐怖を追い払おうとする。

 そのときだった。

「おーい、灰原ー」

 その人の声が、階段の上から彼女を呼んだ。
 はっとして左手を さらにぐっと握り締め、そのまま白衣のポケットに突っ込む。

「ちゃんと起きてっかー?」

 ランドセルを背中に背負った眼鏡の少年が、 とんとん・・・と、小さな足音を立てて、ゆっくり階段を降りてくる。学校の帰りに寄ったのだろう。

「ええ・・・。起きてるに決まってるでしょ」

 彼女は努めてそっけなく返事をした。・・・先程までの逡巡を、彼に悟られないように。

「顔色わりーぞ。無理してんじゃねーのか?」
「多少は無理もするわよ。早く解毒剤を完成させないといけないし」

 ・・・本当は、すでに完成しているのだが。

「焦ることねーって。あんま無理すっと、身体壊しちまうぞ」
「あら、解毒剤の完成を誰よりも待ち望んでいるのは、あなたじゃないの? 毎日のように様子を見にくるのは、研究の進み具合が気になってしかたないからでしょ?」

 椅子から立ち上がり、階段を降りきった彼の前に立つ。
 ふふん、と馬鹿にしたような薄笑いで、皮肉を口にしてしまった。

 どうしても、彼に話をするときは、素直になれない。・・・自分の想いを、読み取られてしまいそうで。
 だからついつい、そっけない口調、冷たい視線、馬鹿にしたような態度を、とってしまう。

 けれども彼は、「まあ、そりゃそうなんだけどな・・・」などと呟いたあとにふっと微笑み、彼女の心を鷲掴みにしてしまう残酷な優しさを口にしたりするのだ。

「せっかく組織との関係が完全にぶちきれたんだ、もっと羽伸ばしたっていいんだぜ? オレのことより、自分のことを考えろよ」

 にかっと笑ったこの自信たっぷりの笑顔に、これまで何度救われてきたことだろうか。
 そして、そのたびに彼女が彼への想いを強くしていったことなど、彼は知る由もないのだろう。他人の心を読むことには長けていても、自分のこととなると途端に鈍感になるのだから・・・この名探偵は。

「何も、学校休んでまで研究室にこもらなくたっていーだろ? 歩美ちゃんたちも心配してたぜ? まあ、風邪で休んでるっとことにしてあるから、な」

 そう、彼女はこの1週間、学校にも行っていない。

(どうせ、元の身体に戻れば、彼らとも別れることになるんだから・・・)

 彼女が、小学生として培ってきた人間関係。
 それは、彼女が小学生でなくなれば、必然的に消滅するものだ。

  最初の頃は馬鹿馬鹿しいと思いながらも、正体を隠すには都合がいいと思って付き合ってきた、自称少年探偵団の子ども達。
  彼らの無邪気な笑顔が、彼女の心を癒してくれるようになったのは、いつの頃からだったろう・・・。
 精神年齢があまりにも離れすぎていて、友達とは呼ぶには少々抵抗があるが、それでもあの子達と過ごす時間は彼女の荒んだ心をとても暖かくしてくれた。
 目の前の、彼の存在とともに。

 彼女は左のポケットの中で、固く拳を握り締めた。
 その手の中には、二粒の解毒剤。
 彼と彼女を、長い悪夢から目覚めさす薬。
 そして彼には幸福をもたらし・・・彼女には、孤独をもたらす薬。

 いつの間にか俯いて考え込んでいた彼女の肩が、ぽんと軽く叩かれた。
 顔を上げれば、心配そうに覗き込んでくる優しい瞳が、眼鏡越しに見えた。

「ちょっと休憩しようぜ。上でコーヒーでも飲んでさ」
「・・・ええ、そうね・・・」

 彼女の心など、まるでわかってなどいないくせに・・・どうして彼はいつもいつも、彼女が欲しいときに、その優しさを 差し出してくれるのだろうか・・・。
 


***
 


 1階のリビングでは、阿笠博士が3人分のコーヒーを入れて待っていた。

「おお哀君、やっと出てきたのぉ」

 彼女の顔を見て、ほっとしたような表情を見せる。

「このところ、ろくに睡眠もとらずに研究室にこもっておったからの。心配しておったのじゃ」
「・・・ごめんなさい、心配かけて・・・」

 彼女は肩をすくめて、素直にそう言った。
 隣に座る少年が、不思議そうに彼女の顔を見る。彼に対してはなかなか素直な言葉を口にしないから、意外に思ったのだろう。

「それで、どうかね? 進み具合は・・・」
「そうね・・・」

 彼女は、少し言いよどむ。
 もう、完成したわ。・・・という言葉が、どうしても喉の奥から 出てこない。そう口にした瞬間の、彼の嬉しそうな顔を想像すると、胸がぎゅっと捕まれたような痛みが走るのだ。

 ・・・この優しい人を、これ以上苦しめてはいけない。・・・わかって、いるのに。

「ま、急がねーから、気楽にやれよ」

 コーヒーを口にしながら、明るい口調で彼が言う。

 嘘つきね。
 本当は、一刻も早く元の姿に戻りたいくせに。
 誰にもプレッシャーを与えないように、嘘と隠し事をたくさん抱え込んで。

「あ、そうだ。明日はちゃんと学校に出てこいよ」
「え?」
「歩美ちゃん達が、見舞いに行きたいって騒いでたからな。いいかげん顔見せとかねーと、ここに押しかけてくるぜ」
「・・・そう」

 彼女の返事は、どこか上滑りしたようなものになってしまった。
 あの子ども達は本当に無邪気で、優しい。
 自分の周りには、心から気遣ってくれる優しい人たちが 、たくさんいる。
 小さくなってしまう前の彼女には、すでに失われてしまっていたもの。
 それを・・・再び、失ってしまうのか。手放して、しまうのか。

 ・・・彼が、あの人のもとに行ってしまうことと。
 ・・・自分が、優しい人たちと別れなければならないことと。
 ・・・でも、彼の願いを 叶えてあげなければ、という想いと。

 もう考えることを止めてしまいたくなる、逡巡。
 本当に、いっそ解毒剤なんて完成しなければよかったのに・・・。
 


***
 


 気が付くと、彼女は自分の寝台に横になっていた。
 どうやら考えて いるうちに、いつの間にか眠ってしまっていたたようだ。
 博士が運んでくれたのだろう。ここ数日、寝不足が続いていたから。

 彼女はそろりと寝台の上から滑り降りた。
 ・・・かすかに人の話し声が聞こえる。まだ彼がいて、博士と話しているのだろう。
 彼女は足音を立てないように、彼らの話し声が聞こえる場所まで近づき、そっと聞き耳を立てた。

「・・・まだ、見つかってねーんだとさ・・・」

 彼の声が聞こえる。
 先ほどまでの明るい口調とは打って変わって、沈痛な響きの 、緊張を含んだ声だった。つまり、彼女に余計や心配をかけまいと、さっきはあえて明るく振舞っていたということ。
 そしてこの会話は、彼女に聞かせたくな い話だということだろう。

(まだ見つかっていない・・・? いったい、何が・・・)

 彼女は息を飲んで、彼の次の言葉を待った。

「死体が見つかってねーってことは、まだ生きてるってことだろーな」
「あの男が生きておるとしたら・・・」
「ああ。オレや灰原の命を狙ってくるって可能性もあるってわけだ」

 あの男。
 彼女は胸の前で両手を組み合わせ、ぎゅっと握り締めた。彼らが「あの男」と呼ぶ人物は、一人しか思い当たらない。

 ・・・生きているのだ。
 氷のような、あの男が。

(・・・ジン)

「あいつは今回の件で裏で動いてたのが、自分が毒殺したはずの工藤新一だってことを知ったはずだ。その工藤新一が、裏切り者のシェリーを匿ってるってことも、な。組織の壊滅がオレや灰原のせいだと思ってるなら、復讐に現れたとしてもおかしくはねえ」
「奴は、新一君や哀君が小さくなっていることまで知っておるのかね?」
「それはねーだろーな。ベルモットはそのことを、死ぬまで組織のボスにも話さなかったらしい。あの女以外でオレ達の幼児化のことを知ってる奴は、組織にはいないはずだ・・・」
「ならば・・・」
「・・・ああ。このまま江戸川コナンと灰原哀でいる限り、ジンに居所が知られることはないと思っていいだろう」
「・・・ううむ。しかし、いつまでもこのままというわけにもいかんじゃろう。君は、蘭君を待たせておるわけじゃし・・・」
「蘭には悪いけど、もうしばらく待ってもらうさ」
「しかし・・・」
「せめてジンの消息がつかめるまでは、コナンのままでいたほうが安全なんだ・・・。工藤新一の居所が知れれば、必然的に周りの人間にも危険が及ぶ。・・・当然、灰原も危険にさらされる」

 自分の名前が出てきて、彼女はどきりとした。そして・・・

「オレはあいつを守ってやるって約束したからな。あいつの身を危険にするのをわかってて、工藤新一の姿に戻るわけにはいかねーよ」

 彼の言葉に、不覚にも涙が滲んだ。
 元の姿に戻ることは、彼の何よりも優先されるべき願いだというのに。それなのに、あんな口約束を馬鹿正直にいつまでも守ってるなんて。
 本当に、バカなんだから・・・。

「だからよー、博士。あいつが早く解毒剤完成させたって、どうせしばらくは必要ないんだし、あんま無理しないように見張っててくれよな。なーんか顔色悪かったし、煮詰まってるみたいな顔してたし、話も上の空だったし」
「うむ。明日からは学校にも登校するよう勧めてみよう」
「あいつはさ、頭ン中で自分の考えがぐるぐる廻って、そこから出てこれなくなるようなとこがあるんだよ。少し外出でもして気分転換させてやらないと、自分で自分を苦しめてくなんてことになりかねねーからな」

 ・・・どうして、彼女自身にも掴みきれていない彼女のことが、この人にはわかってしまうのだろうか。

 優しくて。
 強くて。
 包容力があって。
 なんでもわかってくれて。
 でも少年のように危なっかしくて。
 自信家で。
 目立ちたがりやで。
 多くの人の目を、心を惹きつけて離さない、彼という存在。

 自分は、彼にとってのたった一人の特別な存在になりたいわけではない。
 ただこの人を、ずっと近くで見つめていたいと、そう強く思った。

 そして彼女は、一つの決断を下す。

 きっ、と涙を振り払い、唇をかみ締める。
 左手を白衣のポケットに差し入れ、中からカプセル剤を取り出す。・・・一粒だけ。

 そして。

「心配要らないわよ、工藤君・・・」

 寝室で眠っているはずの彼女が突然あらわれて、リビングにいた2人はギョッとしたように彼女を振り返った。
 聞かれたくない話を聞かれたせいか、ばつの悪い顔で彼が彼女を見つめる。

「灰原・・・今の話」
「聞いておったのか」
「途中からね。・・・ジンが・・・あの男が、生きているのね」
「・・・あ、ああ」

 言葉に詰まる彼に、彼女はくすりと笑いかける。

「信じてるわよ、工藤君・・・。私の命は、あなたが守ってくれるって」
「・・・灰原・・・」
「これは、あなたが私を守ってくれる報酬よ。前払いで渡しておくわ・・・」

 そう言って、何のことだか反応できずにいる彼に歩み寄り、その手を取る。
 そして彼の右掌に、カプセル剤を乗せる。

「いつ飲むかは、あなたの判断にまかせるわ」
「・・・解毒剤、完成してたのか!」

 一瞬だけ、彼の瞳に喜色が浮かんだのを、彼女は見逃さなかった。・・・すぐに、引き締まった表情の下に隠れてしまったのだが。

 正直ね。
 すぐには必要ないから、焦らなくていいなんて言っていたくせに。
 思わず苦笑が漏れる。

「言っておくけれど、人間に試したことは当然ないんだから、効果のほどは保証しないわよ。もちろん命の保証もね」
「・・・ああ」
「あなたがさっき言ったように、ジンがどこに潜んでいるのかわからない今の状況で、 何の準備もなく工藤新一に戻ることは危険だわ。けれど実際にジンを追い詰めたときに、幼児化した身体のままじゃ ・・・あなたが困るんじゃない?」
「確かに、な・・・」
「服用のタイミングはあなたにまかせるわ。・・・くれぐれも、間違えないようにね」
「・・・わかった」

 彼は、緊張した面持ちで神妙に頷いた。
 彼女はそんな彼に、にっこりと笑いかける。
 いつもの大人びたクールな笑顔ではなく、まるで花が咲くように華やかなその笑顔に、彼が一瞬見惚れた。

 そして、俯いた彼が彼女に告げる。

「灰原・・・サンキューな」
「・・・言ったでしょ、私を守ってくれる報酬だって。お礼を言ってもらうようなことじゃいわ。・・・それに」

 彼からの素直な謝辞に、彼女は少し顔を赤らめて視線をそむける。本当に、この人の言動は、心臓に悪い。

「それに、元はといえば、私が作った薬が原因なんだから」
「・・・そういや、そうだったな」

 ようやく彼らしい不敵な笑みが浮かんで、彼女はその表情を眩しそうに見つめるのだった。
 


***
 


 数日後、彼女達のクラスから一人の少年が姿を消した。
 とても小学生とは思えない、大人びた男の子。サッカーがうまくて、頭が良くて、優しくて・・・女子の人気者だった少年。
 外国に住む両親が迎えにきて、向こうで暮らすことになったのだと、担任の先生は説明した。
 泣いている子、怒っている子、泣きながら怒っている子。さまざまな反応が、子ども達の間から溢れた。

 ・・・きっと彼は知らなかっただろう。
 彼が、少年探偵団のみならず、このクラスの中でも中心的な存在であったということを。
 彼の存在がなくなってしまったことにショックを受ける人間が、どんなにたくさんいたのかということを。

 もちろん、一番泣き、一番怒っていたのは、少年探偵団のメンバー達だった。
 一言の別れも告げず突然いなくなってしまった眼鏡の少年に、彼らはあらん限りの罵声を吐き散らかし(もちろん、本人には聞こえていないのだが)、そして散々泣いたあと で、がっくりと肩を落としてしまった。
 そんな彼らをなんとか宥め、元気付けたのは、赤みがかった茶髪の少女で、普段はクールな彼女が 意外にもお姉さんぶりを発揮して、少年達を慰めた。
 転校してしまった少年とはまた違った存在感がある彼女を、他のメンバーである3人は頼りにし、やがては彼がいなくても、日常生活を楽しく送れるようにまでなっていくだろう。

 そして彼女は、そうやって頼りにされることに、くすぐったい充実感を覚えていた。
 それは彼女が彼らとのつながりを、思った以上に心地よく感じてしまっているからなのだろうか。
 彼らに必要とされていることが、自分を満足させている・・・そう気づいたとき、彼女のもう一つの決意が固まった。

 1度目の決意は、彼に解毒剤を与えること。
 2度目の決意は、・・・この幸せな空間を、手放さない、という決意。

 彼女は後日、もう小学生ではなくなっていた彼に、こう告げた。

「あなたが抜けた少年探偵団、あなたが悪い影響与えてしまったせいで、相変わらず事件に巻き込まれたり顔を突っ込んだり・・・保護者がついてないと、何をしでかすかわかったものじゃないわ。私がしばらく面倒見てあげるから、感謝するのね」

 


〜Fin〜


main stories へ

03/11/18 up 。
05/01/19 修正後、再 up 。

 最初にアップしてから1年以上たって、改めて読み返してみたのですが・・・うーん、哀ちゃんのキャラ、絶対違う(^^;
 いっそこのまま闇に葬り去ってやろうかとも思ったのだけど、なにしろワタシのコナン処女作だしね、記念に(え)残しておきます(笑) ←しかし、新蘭サイトのくせに、しょっぱなが灰原さんって・・・(^^;

 でも、哀ちゃんがコナンに対して抱いている感情って、やっぱりごく恋愛に近いものなんじゃないのかなーと、今でも私は思ってます。(あくまで、「近い」、ね)
 今後、原作でどのように描かれていくかは微妙だけれども、事件が解決するまではやっぱり哀ちゃんにとってコナンはある意味特別な存在であり続けるだろうし、その感情から解き放たれるのは組織という恐怖の対象が消滅し、コナンとの共通の敵がなくなったとき、なんじゃないのかなあ・・・。