君が眠る間に




 午前2時。世界は夜の静寂に包まれている。

 新一は寒風吹き荒ぶ人通りのまるでない街の中を、早足で駆けるように歩いていた。
 向かう先は自宅ではなく、彼の幼馴染が入院中の病院である。

(・・・起きてるわけねーよなー・・・)

 昨日に引続き、今日もまた蘭の寝顔を見るだけで帰ることになりそうだ、と、新一は歩く速度を緩めずに大きくため息をつく。
 ま、大怪我をして療養中の人間に、この時間まで起きて待っていてもらっても、それはそれで困るのだが。

 さらに言えば、蘭が熟睡している時間を見計らって彼女に会いに行かねばならない理由も、彼にはあったりするので・・・。

 だが、ようやく気持ちを確認しあったあの日以来、ろくに話をしてもいない・・・それも、一方的に新一の都合によって、という現在の状況には、彼なりに蘭には申し訳ないと思っているのだ。

 彼が「工藤新一」を取り戻したのが火曜日の真夜中。
 いろいろあって眠らないままに翌水曜日、早朝に蘭と「再会」を果たしたのも束の間、日が昇ると同時に新一の慌しい日常は動き出してしまっていた。

 まずは昨夜の事件の現場検証と事情聴取のために警視庁へ。
 何か言いたげな高木刑事から微妙な笑顔でごまかして携帯を返してもらい、自ら命を絶っていたという宿敵ジンの遺体と対面し、現場となった廃ビルに出向いて昨夜の状況を事細かに(もちろん、一部の事実は綺麗に書き換えて)目暮警部達に説明し。もう一人の事件の当事者である蘭も、意識がはっきりしているので事情聴取が可能ということになり、女性の病室ということもあって佐藤刑事がそれを担当したのだが、新一はちゃっかりとそれにも同席し。
 その後は再び警視庁に場所を移して、ジンの関わった過去の犯罪行為で新一の知る限りの情報を提供するとともに、依然逃亡を続けていると思われる組織の他の構成員リストに目を通し(・・・そのリストにシェリーこと宮野志保の名があったことには、思わず苦笑してしまったが)、その他もろもろの用事を済ませてようやく自由の身となったのが夕方近く。

 そういえば学校はよかったのかね? ・・・と、帰り際に今更のように目暮警部に指摘され、そういえば期末試験が近いと蘭が言っていたことを思い出し、あわてて帝丹高校へ向かった。
 何しろ2年生の大半を休学してしまっているわけであるから、無事に工藤新一の生活を取り戻した上は、早めに出向いて学校側のご機嫌伺いをしておかねばならない。
 出席日数が足りていないのは確実であるが、そこは高校生名探偵として日本を揺るがすような大犯罪組織の壊滅のために活躍していた・・・ということを前面に押し出して、何とか留年せずにすむように頼み込む。
 渋い顔をした教師もいたが、探偵としての新一のファンでもある校長が、学期末試験の成績と残り1月あまりとなった2年生としての学校生活の様子、授業態度、及び休学中の授業の遅れを取り戻すための課題の提出を条件に、進級を許可してくれた。・・・欠席はもとより、遅刻早退もいっさい認めない、という新一にとってはかなり厳しい条件ではあったのだが。

 そんなわけで、翌日の木曜日からはめでたく復学したわけなのだが、校内一の有名人の久しぶりの登校ということで、彼のクラスである2年B組のみならず、学校中が蜂の巣をつついたような大騒ぎになってしまった。
 休み時間ごとに、教室の前の廊下には新一を一目見ようとする生徒達の人だかりが溢れ、体育の時間にグラウンドに出れば、授業中にもかかわらず校舎の窓という窓から黄色い歓声が飛ぶ始末。
 足りない睡眠時間を授業中に補おうとしても、久しぶりに顔を見た各教科の教師達から、プレゼントと言わんばかりのご指名を受けてしまい、黒板で数学の問題を解かされるやら英語の教科書を読まされるやら・・・。
 さすがに例の事件の直後ということで、まだ後処理も事情聴取も山のように残されており、「今日だけは」と頼み込んで午後からの早退を許可してもらう。
 警視庁へ行く前に蘭の病室へ顔を出し、容態が予想以上に回復しているのを確認。慌しく昼食をとったあと、「夜にでもまた来るから」と言い置いて、目暮警部たちの待つ捜査一課へ。夜になってさあ帰ろう、としたところに殺人事件の通報が入り、生来の探偵根性が新一に帰宅を許さず、そのまま現場に直行。事件は新一の推理で見事に解決したものの、時間はすでに夜中の0時を回っていた。
 行く、と言った以上、一応蘭の病室を覗きにいったものの、当然彼女はぐっすり眠っており、「ちゃんと来たんだからな!」と走り書きを残して帰宅した。

 そして金曜日も、前日とほとんど変わらない事情で1日が瞬く間に過ぎていき・・・現在、日付も変わった午前2時。
 街を早足で駆け抜けると、蘭の入院する杯戸病院の夜間出入口から忍び込むように中に入った。さすがにこんな時間に見舞いにくる客などいるはずもなく、病院の廊下は薄暗く、不気味なほどに静まり返っている。
 新一は足音を立てないように入院病棟に向かい、階段を駆け上った。ナースセンターに詰めている夜勤の看護師に見つからないように気をつけながら、そっと蘭の病室の扉を開ける。
 ・・・明かりのない病室の中に、蘭の静かな寝息だけが聞こえていた。

 看護師の巡回時刻が午前2時と午前4時の2回だということはすでに把握済み。先ほど2時をまわったところなので、しばらくは見つからないだろう。

 新一は蘭の枕元に足音を立てないようにそっと歩み寄り、ルームライトのスイッチを入れた。
 ぼんやりとした橙色のランプの下に、蘭の透きとおるような寝顔が浮かび上がる。・・・明かりがついても、目覚める気配は一向にない。

(・・・よく眠ってるよなー・・・)

 まるで笑っているかのような安らかな寝顔に、ついつい新一の口元が緩む。
 もちろん、蘭が起きている時間に来てやりたかったし、新一自身も蘭の目を見て、蘭の声を聞いて、ころころと表情を変える蘭の顔を見て話がしたかったのだが、こんな蘭の寝顔を見られるのも悪くないかな、と思う。
 それに今日は、どうしてもこの時間に来なければならない理由があった。

 サイドテーブルの上に、蘭が服用しているらしい薬の入った紙袋が置いてある。中身を確認すると、抗生物質、痛み止め、化膿止め・・・それに、睡眠薬。
 毎食後に服用することになっている。
 生真面目な蘭が、これを飲み忘れることはないだろう。

(・・・睡眠薬も含まれてるなら、好都合だな)

 一度眠ってしまえばなかなか起きない蘭ではあるが、これから新一がしなければならないことを考えると、途中で目を覚まされるのはかなり都合が悪い。ゆっくり身体を休められるように、と睡眠薬を服用させている担当の医師に、新一はこっそりと感謝した。

 肩に担いでいたデイバッグを椅子の上に下ろす。
 ベッドの脇に立ち、掛けられている毛布をそっと捲り上げると、蘭は白いシーツの上にパジャマ姿で寝相もよく横たわっている。

 新一はしばし躊躇った後、意を決したようにそのパジャマの上着の裾に手をかけ、それをそっと捲りあげた。次にズボンのゴムウエストを掴むと、恐る恐るそれを10cmほど下にずらす。
 ・・・白い肌が、露わになる。
 思わずごくりと生唾を呑んでしまった自分を叱咤激励(?)し、蘭の肌を極力見ないようにして、新一はその下腹部あてがわれた大きなガーゼに意識を集中した。ガーゼを留めてあるテープを慎重に剥がしていく。
 完全に剥がしてガーゼを取り除けば、そこには生々しい銃痕と手術の跡が出現した。
 ピンク色に盛り上がったその傷跡に、新一の表情が険しくなる。

「・・・やっぱ、早すぎるよな・・・」

 思わず漏らした呟きにも、厳しさが滲む。

 しばらくその傷をじっと見つめたあと、新一はポケットから小型カメラを取り出し、傷口をアップにして3回シャッターを切った。
 それを終えると元通りにガーゼをあてがい、急いでパジャマの乱れを整えると、蘭の身体を覆い隠すようにして毛布を掛ける。

 次に新一が取り出したのは手の平サイズの黒いケースで、中には小さな注射器と空の容器が入っている。さらに、血管圧迫のためのゴムチューブと消毒液、そして小さく切ったガーゼが何枚か。
 毛布の中から蘭の左腕を外に引っ張り出し、その上腕部にぎゅっとチューブを巻きつけると、消毒液で浸したガーゼで左肘の内側を消毒する。圧迫されて浮き出てきた静脈を指先で探し出し、注射針を慎重に突き立てる。真空の容器を注射器に取り付ければ、蘭の赤い血液がその中に静かに吸い上げられた。

(・・・少しでいいって、言ってたよな・・・)

 10cc程の血液が容器に入ったところで新一は蘭の腕から針を抜き取り、止血のためにガーゼでその注射跡を強く押さえつけた。
 同じ箇所に点滴の注射跡があったから、目覚めた蘭がこの跡を不審に思うことはないだろう。

(・・・あとはこれをテープで留めて・・・っと)

 今日の訪問の目的を無事に果たし、新一はふう、と息をつく。

 注射器やら何やらをバッグにしまいこみ、新一はあらためて蘭の寝顔に目をやった。
 やはりぐっすりと眠っていて、何があってもまるで目を覚ます気配がない。おかげで滞りなく目的を果たせたわけなのだが、これはこれで・・・何かあったときにはまずいのではないか?
 もちろん、何かあったときには・・・自分が守ってやる気、十分なのだが。

「・・・ん?」

 蘭の枕の下にはさまれている折りたたまれた便箋に、新一の目がとまった。そっと引き抜いて広げてみると、そこには蘭の字が並んでいる。・・・新一に宛てた手紙であった。



新一へ

 これを読んでいるということは、また事件が忙しくて、私が寝ちゃってから来てくれたってことよね。
 お疲れ様。
 今日、園子がお見舞いにきてくれて、新一が真面目に学校に行ってるって聞きました。
 ずっと休んでたくせに、どんな問題を当てられてもちゃんと答えられるなんて、嫌味な男だ・・・って、言ってたよ。
 私も早く退院して、一緒に学校に行きたいな。新一と一緒に学校にいけるなんて、何ヶ月ぶりだろうね。
 私の怪我の回復がすごく早いらしくって、病院の先生も看護婦さんもびっくりしてました。
 この分だと、来週早々には退院できるみたい。
 お父さんもお母さんも、喜んでました。

 来週の水曜日から期末テストだけど、ちゃんと勉強してる?
 新一のことだから、勉強しなくても大丈夫なのかもしれないけど、試験の結果悪かったら、進級できないんでしょ?
 名探偵工藤新一が留年しちゃったら、カッコ悪いよ。
 事件もいいけど、ちゃんと試験勉強もしなさいよね。

 私も今日から起き上がれるようになったから、昼間は勉強してます。
 やっぱり数学は苦手。今日も頭が痛くなっちゃった。

 もう消灯時間なので、寝ます。
 明日は土曜日で学校お休みだから、私が起きてる時間に来てくれる?だめかな。
 期待しないで待ってます。

 冷蔵庫の中に、この病院の売店で一番人気のカツサンドがあるので、食べてね。
 どうせ事件だとかなんだとかいって、ご飯も食べてないんだろうから。
 美味しかったかどうか、明日感想聞かせてね。

 お休みなさい。

 蘭



 足元の小さな冷蔵庫を明けてみれば、真ん中にちょこんとカツサンドが入っている。
 蘭の推察どおり、昼間から何も食べずに駆けずり回っていた新一は、それをありがたく頂戴することにした。

 それにしても、と、新一はぽりぽりと人差し指で頬を掻く。

(なんか・・・中学生の、交換日記みたいだよな・・・この手紙)

 照れくさいような気恥ずかしいような、むず痒い気分で蘭からの手紙を読み返す。
 口元が緩んでしまったことにはっと気づいて、誰も見ていないというのに一人で赤くなる。

 高校生ともなれば誰でも携帯を持っていて、連絡手段は電話かメール。
 それが嫌だというわけではないが、蘭が書いた文字の列は、より蘭の気持ちをストレートに表しているような気がして・・・たいしたことが書いてあるわけでもないというのに、新一の心を浮き立たせるのだ。
 文字と文字の間から、蘭の新一を気遣う思いやりがあふれていて、気持ちが温かくなる。新一がお腹をすかせてやってくると予想して、ちゃんとカツサンドを用意してくれている優しさにも、じんとさせられる。

(・・・そういや、数学でてこずってるって書いてあったな・・・)

 カツサンドを頬張りながらテーブルの上に視線を走らせると、昼間蘭が勉強していたのであろう、教科書や問題集が山積みにされていた。
 一番上のノートを手にとってぱらぱらとめくると、ちょこまかとした字で数学の問題を解いてある。

(・・・何でこの問題で、この公式が出てくるんだ? ・・・ったく、根本からわかってねーじゃねーか、こいつ・・・)

 新一はカツサンドの最後の一口を平らげると、蘭のペンケースから赤ペンを取り出し、ノートの上を走らせた。間違っていた問題の横に正解を書き込み、説き方のポイントをメモしていく。
 始めてみると、けっこう間違いだらけであることに気づいてしまい・・・結局延々とその作業に没頭する。はっと我に返ってみれば、いつの間にやら1時間以上が経過していた。

(・・・やべ。次の巡回時間までに帰らねーと)

 こんな夜中に、しかも女性の病室に男が忍び込んできているなど、見つかってはオオゴトである。
 しかも、後ろめたい行為を行った自覚もある。
 新一は自分が広げた問題集とノートをそそくさと片付け、そろそろ血が止まったであろう蘭の左腕のガーゼを、ゆっくりと慎重に剥がした。

 一応、手紙も残しておいたほうがいいか・・・と思い、蘭のレポート用紙を1枚拝借して走り書きをする。それを枕の下に忍ばせ、ルームライトのスイッチを消そうとして・・・。

「・・・新一・・・」

 絶対に起きないと思っていた人の口から自分の名前が発せられ、新一はびくっと手を止めた。
 が、まじまじと見つめてみると、蘭はまだぐっすりと眠っているようである。

(・・・寝言かよ・・・脅かしやがって・・・)

 ほっと息をつき、新一は眠っている蘭の髪をそっと撫でた。
 どんな夢を見ているのかは知らないが・・・安らかな寝顔をしているから、嫌な夢ではないのだろう。

 新一、と寝言で蘭が自分の名を呼ぶのを、過去に新一は何度も聞いていた。
 けどその当時は、蘭の寝顔はどこか苦しげで・・・何しろ当の新一は彼女に待ちぼうけを食らわせたまま、どこにいるのかもわからない状態であり、だから眠っている蘭の口から新一の名がこぼれるのを聞くたびに、当時コナンであった新一は少なからず胸を痛めていたのだ。

 オレがどこかへ行ってしまう夢を見ていたのか。
 オレが帰ってこない夢を見ていたのか。
 それを確かめることはできないけれど。

(・・・今日は、何の夢を見てるんだろうな・・・)

 安らかな、美しい寝顔で。
 オレの名を、呼んで。

「・・・う・・・ん・・・」

 蘭が漏らした甘い吐息に、ここまで保ってきていた新一の理性が、一瞬吹き飛びかける。
 けれど相手は怪我人で、しかも眠っていて。巡回の看護師もじきにやってくるだろう。
 ここで何かするのは、男として間違っているよな、と自分に言い聞かせる。

 いや、だが、

(・・・キスぐらい、いいよな?)

 眠っている相手に対し、反則かもしれないが・・・初めてではないのだし、許してもらおう。
 新一は蘭の顔を両手で包み込み、ちょっと開きかけた形の良い唇に、そっと口づけを落とした。
 そっと触れるだけのつもりだったのに、いざ唇を重ねてみるとその温かく柔らかい感触に離れがたくなってしまい、しばらくの間その唇を堪能する。

「おやすみ、蘭」

 名残を惜しむように蘭から離れると、新一はルームライトのスイッチを切り、デイバッグを肩に病室を出ようとした。
 そのとき、蘭の唇が、また寝言を刻む。

「・・・コナン君・・・そんなもの・・・食べちゃダメ・・・」

(・・・・・・・・・オメーは、一体何の夢を見てるんだ!?)

 その疑問が解き明かされる日は、永遠に来ないだろう。目が覚めれば、蘭は見ていた夢のことなどすぐに忘れてしまうだろうし・・・覚えていたとしても、新一にはそれを聞きだすことなど、できなかったのだから。
 


***
 


「・・・どうだ?」

 新一の問いに、哀はわずかに首をかしげる。

「・・・血液中には、今のところおかしなところはないわね。細胞分裂の速度も平均的な値だわ」
「今後は?」
「断言はできないけれど・・・現時点で異常がなければ、この先突然おかしなことが起こるとは思えないわね」
「・・・そっか・・・」

 新一が安心したように大きく息を吐き出し、哀はその様子に肩をすくめてみせた。

「・・・蘭の治りが異常に早いらしいって聞いたときは、マジで焦ったよ・・・」
「彼女のことが絡むと、本当に冷静さを失うのね。・・・まさか、解毒剤を服用した直後の自分の血液を彼女に輸血するだなんて・・・危険だとは思わなかったの?」
「しょうがねーだろ。他に同じ血液型の人間がいなかったし、あのときは一刻を争う状況だったんだよ」
「服用してから5時間以上経過していたから、彼女の体内に入った解毒剤の成分はごく微量だったとは思うけれど・・・あれは、あなたや私のように、APTX4869の影響を受けている身体だけを想定して調合してあるのよ? 健常な人体に及ぼす影響なんて、始めから考えていなかったんだから。・・・運良く、傷の治りが早い、という程度の影響ですんだけれども・・・最悪の結果にならなかったことを、神様に感謝するのね」
「・・・信用してたからな」
「え・・・?」
「オメーが、人を死なせるような薬を、もう二度と作るはずがねえ、ってよ。だから最悪の結果は、考えてなかったさ」

 そう言って困ったように笑う新一。
 今はすっかり目線の高くなってしまった彼を見上げて、哀は心の中で呟いた。

 馬鹿ね。
 確かに、あなたの命を奪ったりしないように・・・あなたを殺してしまわないように、細心の注意を払って作り上げた解毒剤。あなたの命を優先させてしまったせいで、その効果が現れるのに時間がかかってしまった。
 けれど、本当に・・・あなたの身体のことしか考えていなかったのよ?
 あなた以外の人が服用する可能性なんて、微塵も考えていなかったのだから・・・どんな影響が出てしまうのか、本当にわからなかったというのに。だから、彼女の身に最悪の事態が起こらなかったのは、私のおかげなんかじゃない。
 きっと・・・あなたの彼女を思う気持ちが、あなたの血に乗り移って彼女の傷だけを癒してしまったんじゃないかしら?

 ・・・そんな、彼女らしくもない非科学的なことを考えて、その馬鹿馬鹿しい考えが、意外と的を得ているのかもしれない、とも思うのだった。

「・・・それにしても・・・よくこんな写真、撮ってこれたものね」
「あー・・・・・・ま、その、寝てる隙に・・・」
「・・・へえ・・・」
「傷の治り具合を確認したいっつったのは、オメーだろ!?」
「・・・寝ている隙に、脱がせたわけね・・・」
「・・・捲っただけだっ!」
「・・・ふうん・・・」
「何が言いてーんだよ、オメーは!」
「・・・別に」

 よくわからないうちに弱みを握られてしまった新一が、哀に敵う日は・・・来ないのかもしれない。
 


***
 


 翌朝。
 目覚めた蘭の枕元には、新一の残した走り書き。

「今日は起きてる時間に行ってやるから、ちゃんと待ってろよ。
 数学の添削しておいてやったから、ありがたく思うように」

 短い文章に、くすっと笑みがこぼれる。
 ノートをぺらぺらと捲れば、赤いペンで新一の字が並んでいた。

(・・・・・・ここにノートを置いておいて、手紙にあんな風に書いておけば、絶対にやってくれると思ってたのよねー)

 ずっと休学していて、しかもつい最近まで小学校に通っていた人間に教えてほしいと頼むのは、授業のノートを貸した立場の人間としては、ちょっと悔しかったので。蘭のささやかな作戦は、無事に成功したようだった。

 その分の報酬をちゃっかり頂かれてしまっていることまでは、知る由もない。


 

〜Fin〜


main stories へ

03/12/03 up
05/10/30 修正後、再 up

辻褄合わせようとしたらドツボに嵌って、時系列が不自然になっちゃったかも・・・(^^;

ええと、時系列的には・・・「Restart」→「真実の扉」→「君が眠る間に」→「コナン君の好きな人」→「工藤君の好きな人」
って感じでしょうか。(蘭ちゃん入院中のお話ね)


以下、以前アップしてあったときのコメントも残しておきます(笑) ↓


前作より、1日過去にさかのぼってしまいました(笑)。
「続いていきます」って言ったのに、嘘ついてますね、ごめんなさい。
そして、またまた二人の会話なしかい!・・・と自分で突っ込んでしまいました(^^;
前作書いた後で、眠ってる蘭ちゃんに新ちゃんは何をしたのかなー、ふふ、とか思ってるうちに、ついつい書いてしまったお話です。
そして医療関係には詳しくないので、文中の用語は適当です。あしからず。