探偵をしている、新一が好き。
推理している、新一が好き。
物事のずっと奥深く、誰もが気付かないような裏側までもを見通してしまう、その深い深い色の瞳が好き。
クールで透き通った、耳に心地よく響くその声も。
容赦なく犯人を追い詰めてゆくその口調も。
何事にも動じない落ち着いた物腰も、流れるような優雅な身のこなしも。
もう置いていかれるのは、嫌だから。
そう言って駄々をこねて、わたしは時間の許す限り、新一の探偵の仕事についてゆくようになっていた。
最初、ものすごく渋い顔をしていた新一だったが、
「何よ。コナン君だったときは、お父さんの仕事についていくのに、わたしのこと引っ張っていってたくせに」
と言ってやったら、「うっ」っと言葉に詰まっていた。
「しゃーねーだろ? あん時はオメーと一緒じゃなきゃ、おっちゃんに連れてってもらえなかったんだからよー」
「へえ。じゃ、わたしをダシにしてたってわけね」
「・・・・・・」
「そして利用価値がなくなったから、もう連れていってくれないんだ。ふーん、そーなんだ」
「バ・・・バーロ! んなんじゃねーよ!」
「じゃあ、どうして一緒に行っちゃダメなのよ!」
「あのなあ・・・。事件現場だぞ? まだ危険が潜んでる場合だってあるんだぜ? そんな場所に、オメーを連れていけるわけねーだろーが!」
「・・・じゃ、そんな危険な場所だったのに、自分が連れていってもらうためなら、わたしを巻き添えにしてもかまわなかったんだ。・・・コナン君は」
「う・・・」
はい、この勝負、わたしの勝ち。
わかってるよ、自分でも。
ものすごく、わがままを言って、新一のことを困らせてるんだ、って。
新一がわたしのことを思って、凄惨な事件現場なんて見せたくないと思ってくれてるんだってことも、わかってる。
でもね。
できるだけ、一緒にいたいんだもの。
新一のこと、見ていたいんだもの。
・・・それに、悔しいじゃない・・・?
わたしのいないところで新一が、あの不敵でカッコいい顔をしているんだ・・・って思ったら。
わたしの大好きなあの表情が、どこの誰とも知らない犯罪者なんかの前で晒されてるんだって思ったら、悔しくて悔しくて。
この人はわたしの大事な人なんだから、見ないでよねって思っちゃう。
おかしいよね・・・どうかしてるよね・・・。こんなこと、思うなんて。
でも、「わたしの知らない新一」が存在するなんて、どうしても嫌なんだもの・・・。
今日も目暮警部に呼び出された新一に、ちゃっかりとわたしもついてきた。
都内のアパートで起こった密室殺人事件。
新一はいつものように、真剣な眼差しに強い光をたたえて、目暮警部や参考人の人たちにいろんな質問をしながら、現場をくまなく歩きまわる。・・・塵一つ見落とすものかとでもいうように、ほんのわずかの手がかりも見逃さないように・・・。
わたしは邪魔にならないように、少し離れてそんな新一を見守っている。
・・・きっと今、新一の頭の中にはどんなささいな情報でさえもすべてがインプットされ、それがものすごい勢いでぐるぐると回って、一つの推理に組み立てられようとしているのだろう。
新一の頭の中身は、決して目には見えないのだけれど。
でも新一の顔を見ていれば、今がどういう状況なのかは判断できるんだから。
そう、今は・・・ばらばらに散らばった真実のかけらを拾い集めて、それをパズルのように解き明かそうとしている時。
だって、真面目な顔をしているくせに、妙に楽しそうなんだもの。
考えてみれば、不謹慎よね。
殺人事件が起こったっていうのに、それを「楽しそうに」捜査しているだなんて。
でも、人のことはいえないのかな。
・・・わたしはそんな新一を見つめて、心をときめかせているんだから・・・。
うろうろと歩き回っていた新一は、やがてぴたりと足を止めた。
右手を顎にあてがって、「・・・ふうん」と小さく呟く。・・・そして、しばしの沈黙。
きっと、すべてのパズルのピースが揃ったのね。
あとはそれをうまく当てはめて、たった一つの真実を導き出すだけ。
そして・・・新一の口元に、にやりと不敵な笑みが浮かぶ。
ああ・・・この顔、すごく好きなのよね。
悔しいけど、すごく好き。
悔しいけど・・・カッコいいって、思ってしまう。
この顔が見たくって、無理やり事件現場にくっついてきてるのよね・・・。
そして見とれてしまうわたしの視界の中で、新一がゆっくりと真実を解き明かしてゆく。
「・・・犯人は我々の目を欺いて、あたかもこの部屋が密室であったかのように錯覚させることに成功したんです。そう・・・この光を利用してね・・・」
絡まった糸を解きほぐすかのように、新一はその場にいるすべての人に理解できるように、順序だてて事件を説明してゆく。
言い逃れできないように、追い詰められる犯人。
感心するばかりの、警察の人たち。
さすがは、高校生名探偵、工藤新一!・・・そんな賞賛を、当たり前のように受けている新一・・・。
ねえ、すごいでしょ?
この人が、わたしの大事な人なんだよ?
この人が・・・わたしの、大好きな人なんだよ・・・?
世界中の人たちに、そんな宣言をしてまわりたくなってしまう。
探偵をしている、新一が好き。
推理している、新一が好き。
物事のずっと奥深く、誰もが気付かないような裏側までもを見通してしまう、その深い深い色の瞳が好き。
クールで透き通った、耳に心地よく響くその声も。
容赦なく犯人を追い詰めてゆくその口調も。
何事にも動じない落ち着いた物腰も、流れるような優雅な身のこなしも。
見つめているだけで、胸がどきどきしてしまう。胸が、きゅっと締め付けられてしまう。
けれど、ね?
本当は・・・もっと好きな、新一がいるの。
事件が解決して、犯人が連行されてゆく。・・・それを、静かに見守る新一。
目暮警部が、いつものように新一にお礼を言っている。・・・ちょっとだけ照れたような笑顔で、でも実はちょっと誇らしげにそれに応える新一。
・・・そんな、新一よりも。
もっとずっとずっと、大好きな新一がいるの。
「・・・終わったぜ、蘭」
それまで、わたしの存在なんてまるで忘れているかのように、無視しまくってくれてたくせに。
ちょっと離れて見守っていたわたしのそばまで駆け寄ってきて、そして、新一は・・・
にっと、笑うの。

・・・優しげなのに、悪戯っ子のような、その笑顔。
警察の人たちをはじめとする大人たちの中に混ざっていてさえ、一人輝きを放っていた・・・堂々とした態度と口調で、すべての人を圧倒してしまっていた、名探偵さんと・・・本当に、同一人物なの?
そう思ってしまうくらい、その笑顔は自然で、優しくて、でも子供っぽくて。
わたしだけに向けられた、その笑顔。
息をすることも、瞬きをすることさえも、忘れてしまいそうになる、その笑顔。
何よりも、その笑顔が好き。
誰よりも、そんな新一が好き。
・・・わたしが新一にくっついてこんなところまで来てしまうのは、本当は、探偵をしている新一を見たいからじゃないのかもしれない。
推理し終わったあと、ころっと別人になったかのように、わたしだけに笑顔を向けてくれる新一を・・・見たいから・・・。
推理している新一が好き。
でも、推理が終わった後の、この笑顔は、もっと大好き。
「・・・さ、帰るぞ」
「・・・うん!」
新一が差し出した腕に、自分の腕を、するりと絡める。
ちょっとだけ、新一の顔が赤くなる。
ふふ。
ほんとうに、大好きだからね、新一・・・。
心の中で呟いて、わたしは新一の腕に絡めた自分の腕に、きゅっと力を込めた・・・。
〜Fin〜