<side 蘭>
いつものように新一と並んで歩く、学校帰りの通学路。
昨晩は事件で呼び出されていたせいか、何を話しかけてもどこか上の空で生返事しか返してこない新一に
、ちょっとだけむっとしながら・・・米花公園の脇を通りかかった、そのときに。
(・・・え)
蘭は公園の樹木の陰に、見覚えのある制服姿の二人連れの姿が見え隠れしているのに気づいた。
学校から米花駅までの道筋の途中にある公園なので、同じ学校の生徒がいても全然おかしくはない。
おかしくは、ないのだが・・・。
(・・・ええっ!? う、うそっ)
手前の樹木が視界を遮っているため、ちらちらとしか見えないのだが・・・どうやらその二人、しっかりと抱き合っているようなのだ。
女の子の顔はこちらからは見えなかったが、男の子の顔には見覚えがある。確か・・・サッカー部の田嶋くん。新一とは、けっこう仲が良かったような・・・?
誰かに見られているとは思ってもいないのか、こちらから見える女の子の背中には田嶋の両腕がしっかりと回されて、強く力が込められているのがわかる。
女の子のほうも、ひしっと田嶋にしがみつくように抱きついていて・・・。
その抱擁のあまりの熱さに、蘭は思わず顔を赤らめてぱっと俯いてしまった。
誰かのラブシーン・・・しかも、知っている人のこんなシーンを目の当たりにするなんて。ものすごく恥ずかしくて、とても見ていられなかったのだ。
「・・・ん? どうかしたのか?」
そして、さっきまでは何を話しかけても「へー」とか「ふーん」とか、気のない返事しかしていなかったくせに、こんなときに限ってしっかり目ざとい新一は、いきなり真っ赤になって俯いてしまった蘭に不審そうな目を向けてくる。
「な・・・なんでもないっ!」
とにかくその場を立ち去ってしまいたくて、蘭は新一の制服の袖を引っ張るようにして、足早に公園の前を通り過ぎてしまおうとした。
だが、新一という人は、(相手が蘭であれば特に・・・なのかもしれないが)、「なんでもない」という言葉を素直に信じてなどくれない。それどころか、「それは絶対に、何かあるな?」と判断してしまう人なのだ。
だからこのときも、「ん? 何か見えるのか?」と、蘭が視線を向けていた公園の中を覗き込もうと、立ち止まって身を乗り出したりしてくれる。
蘭の必死の努力は、まるで甲斐なし。
「・・・し、新一っ! いいから、もう行こうよっ!」
更に新一の袖を引っ張る腕に力を込めるのだが・・・常人離れした観察眼の持ち主である新一が、「それ」を見逃すはずなど当然なくて。
「・・・田嶋じゃねーか」
へえ、と感心したように、腕組みまでしてじーっとそちらを凝視している。
「そういや、最近、彼女ができたとかって・・・昼休みに散々、惚気話を聞かされたなあ・・・うまくやってんじゃねーか」
「ねえ、いつまでも見てないで・・・行こうよ」
蘭はもう、半泣きになっていた。
平気で友達のラブシーンをしげしげと観察している新一が、信じられない。・・・こちらは恥ずかしくて、顔から火が出そうだというのに。
と、あまりに一所懸命にその場を立ち去りたがる蘭に向かって、新一はにやりと笑ってみせた。
「・・・別に悪いことしてるわけじゃねーし、なんでオレ達が逃げ出さなきゃいけねーんだよ」
「に、逃げ出すとか、そーゆーんじゃなくて! 他の人のこういう場面って、見ちゃだめよっ!」
「見られてるのは、こんなとこで抱き合ってるあいつらが悪いんだろ? オレ達が気にすることじゃねーよ」
「そ、そうかもしれないけどっ! でも、わたしだったらそんなとこ、絶対に見られたくないしっ!」
・・・思わず言ってしまったこの台詞を、蘭はあとから、どれほど後悔したことか。
新一は一瞬だけ蘭の言葉に呆気に取られた後、さきほどの笑みに輪をかけたような悪戯っぽい・・・けれど魅惑的な笑顔で、とんでもないことを言ってくれた。
「・・・じゃ、人に見られてなきゃ、いいんだな?」
「・・・そ、そんな意味じゃ・・・っ!」
慌てて前言撤回しようとしたが、すでにあとの祭り。
ますます真っ赤になって俯いてしまった蘭の腕を、新一は力任せにぐいっと引っ張り、あっという間に公園の中の樹木の陰に引きずり込まれてしまった。
「ちょ・・・し、新一っ! 何すんのよ・・・っ!」
「・・・心配すんな。ここなら道路から見えねーよ。田嶋みてーなヘマはしねーぜ?」
「そんな問題じゃ・・・」
じたばたと新一の腕の中から逃れようとする蘭の抵抗などやすやすと抑え込んで、新一は大きなケヤキの木の幹に両手をついて、その狭いスペースに閉じ込めた蘭に顔を近づけてくる。
「・・・好きだぜ? 蘭・・・」
・・・この場面で、そんな顔で、こんな間近から、そんなことを言ってくるなんて・・・ずるい。
耳に心地よい囁くような声に、新一の身体を押し戻そうと突っ張っていた蘭の両腕から、力が抜けた。
そしてそれを待っていたかのように、幹についていた新一の両腕が蘭の背中に回される。
きゅっと優しく抱きしめられて、新一の匂いにすっぽりと包まれて、頭の中がくらくらした。
優しく抱きしめてくれる新一の腕は、まるで蘭の心まで包み込んでくれているみたいで。
さきほど目撃してしまった田嶋のラブシーンのような激しさはなかったけれど、こんな抱きしめられ方のほうが好きだな、などと、意外と冷静に頭の片隅でちょっと思ったりもした。
そして。
蘭の体から力が抜けたのをいいことに、調子に乗った新一は、蘭の顎に手をかけてちょっと上を向かせ、顔を傾けて唇を重ねてくる。
「・・・っ! ちょ、ちょっと・・・こんなとこでっ・・・んんっ!」
「・・・黙ってろ」
逃げようとする蘭の唇を、新一の唇が執拗に追ってくる。・・・そして、蘭の抗議の言葉を封じるかのように、しっかりと塞がれて・・・深く、深く、口付けられてしまう。
「・・・ん・・・っ!」
新一の唇から与えられる熱い吐息と柔らかい感触に、ますます脳がくらくらしてしまい・・・。
ここがどこなのか、どうしてこんなことになっているのか。もう、何も、考えられなくなっていた。
力の抜けた蘭の唇の隙間から素早く新一の舌が口内に滑り込み、うろたえる蘭の舌を絡め取った。
互いの唾液が交じり合い、一つになって溶け合うように、二人は口付けを交わし続ける。
いつの間にか無意識に、蘭の腕は新一の背中に回されていた。
・・・さて、この後。
二人の体が離れたのは、どれくらい時間が経過したあとだったのか・・・?
そのときにはすでに、田嶋たちの姿は見えなくなっていたことだけ、追記しておく。
cut
by 三毛猫さんv
<side 新一>
昨夜は久しぶりの難事件に手こずってしまい、帰ってきたのは朝方の5時を廻っていた。
遅刻も早退も欠席も許されない、ある意味「特別待遇」の身としては、多少(?)の睡眠不足などで学校を休むわけにはいかない。
いつものように蘭に叩き起こされて、いつものようになんとか授業を乗り切って、そしていつものように蘭と並んで家路につく。
隣を歩く蘭が、何やら一生懸命に話しかけてきていたが、新一の半分眠っている頭の中には話の半分も残ってはいなかった。
・・・今日は早めに寝なきゃなー・・・などとぼんやり考えつつ、蘭のかわいらしい声(・・・話の内容ではなく、あくまでも声のみ)を、子守唄のように心地よく聴きながら、米花公園の横を通り過ぎようとしたとき。
(・・・ん?)
公園の樹木の陰に、見覚えのある制服姿の二人連れを、発見してしまったのである。
(・・・田嶋じゃねーか)
サッカー部の部長で、同じクラスの田嶋だった。
・・・そして、彼と一緒にいるのは・・・後姿でしか判断できないが、田嶋が最近付き合いだしたとかいう、やつの彼女だろう。
1年生の頃からサッカー一筋、浮いた噂一つなかった彼に、初めてやってきた春なのだ・・・と、昼休みに散々、冷やかされていたっけ。
本人もクラスメイトたちのからかいに、迷惑そうな顔をしつつも、まんざらでもなさそうに惚気話などを披露していた。
それにしても・・・。
(・・・うちに帰るまで、我慢できねーってか?)
内心で大きく呆れつつ、新一は蘭に気づかれないようにこっそりと二人の様子を盗み見た。
公園の樹木の陰。
当人たちは、もしかしたら隠れているつもりなのかもしれないが・・・しっかりと二人が抱き合っているのが、歩道を歩く通行人からばっちりと見えているのだ。
・・・もしかしたら、初めは隠れていたのかもしれないが、抱き合っているうちに周囲が見えなくなってしまい、「隠れている」ことも忘れて熱く求め合ってしまったのかもしれない。そして求め合って抱き合っているうちに、こちらから見える位置まで、知らずに移動してしまったのだろう。
付き合い始めてまだ数週間しかたっていないはず・・・。
今が一番、燃え上がっている頃、というわけか。
人のラブシーンを見て喜ぶ趣味は、自分にはない。
新一は二人を見なかったことにして、早々に公園のそばを通り過ぎようとした。
だが、そのとき。
隣を歩く蘭が、一瞬だけ足をとめ・・・ぽかんと呆気に取られたあと、瞬く間に顔を真っ赤にして、ぱっと俯いてしまった。
・・・どうやら田嶋のラブシーンを、ばっちり見てしまったらしい。
「・・・ん? どうかしたのか?」
あまりに素直な蘭の反応が面白くて、新一はその理由をわかっていながら、すっとぼけてそう聞いてみた。
案の定、蘭は、
「な・・・なんでもないっ!」
と、どう考えても「何でもないはずがない」という態度で、新一の制服の袖を引っ張る。・・・早くこの場を退散してしまいたいらしい。
・・・真っ赤な顔のままで必死になって新一を引っ張る蘭が、可愛くて面白くて・・・新一の中に、むくむくと悪戯心が湧き上がってきた。
「ん? 何か見えるのか?」
「・・・し、新一っ! いいから、もう行こうよっ!」
何が見えているのかわかっているくせに、わざと公園の中を覗き込もうと身を乗り出してみせる。
そんな新一の行為の一つ一つに、蘭は思ったとおりの反応を返してくれる。
「・・・田嶋じゃねーか。そういや、最近、彼女ができたとかって・・・昼休みに散々、惚気話を聞かされたなあ・・・うまくやってんじゃねーか」
随分と説明臭い独り言だなあ、と自覚しつつも、腕組みをして感心したように呟いてみせると、「ねえ、いつまでも見てないで・・・行こうよ」
と、蘭はもう半泣きになってしまった。
・・・そろそろ、勘弁してやろうかな? と思いつつ、もう少しだけ蘭を苛めてみる。
「・・・別に悪いことしてるわけじゃねーし、なんでオレ達が逃げ出さなきゃいけねーんだよ」
「に、逃げ出すとか、そーゆーんじゃなくて! 他の人のこういう場面って、見ちゃだめよっ!」
「見られてるのは、こんなとこで抱き合ってるあいつらが悪いんだろ? オレ達が気にすることじゃねーよ」
新一が一言口にするたびに、必死になってそれを否定する蘭の赤い顔が可愛くて・・・それを見たいがために、意地悪をしているなどということを彼女が知ったら、空手技炸裂だろうなー・・・などと埒もないことを考えて。
・・・が、次の蘭の一言に、新一は思わず吹き出しそうになってしまった。
「そ、そうかもしれないけどっ! でも、わたしだったらそんなとこ、絶対に見られたくないしっ!」
(・・・って、オメーな・・・)
新一はそれまでの「とぼけた振り」もすっかり忘れて、ぽかんと蘭の顔を見つめてしまった。
蘭はそんなつもりで言ったわけではないのかもしれないが。
それは・・・つまり、
「・・・じゃ、人に見られてなきゃ、いいんだな?」
という意味に、聞こえるぞ・・・?
蘭と、幼馴染を卒業してから、数ヶ月。
照れ屋で意地っ張りの蘭は、たとえ二人っきりになろうとも、なかなか新一に身を任せてくれたりはしない。
・・・新一が強引に抱き寄せたりしても、恥ずかしがって自分からはあまり抱きついてきてくれたりはしないのだ。
そう思うと、彼女にひしっとしがみつかれている田嶋が、なんとなく羨ましくなった。
新一の言葉にさらに真っ赤になって「・・・そ、そんな意味じゃ・・・っ!」と俯いてしまった蘭の腕を、新一は力任せにぐいっと引っ張っていた。
蘭に抵抗する間を与えずに、歩道からは見えないような、樹木の陰に引きずり込む。
「ちょ・・・し、新一っ! 何すんのよ・・・っ!」
「・・・心配すんな。ここなら道路から見えねーよ。田嶋みてーなヘマはしねーぜ?」
「そんな問題じゃ・・・」
新一の腕の中で、蘭はじたばた暴れていたが、太いケヤキの幹にその身体を押し付けて、
「・・・好きだぜ? 蘭・・・」
と耳元で囁くと、蘭は途端に大人しくなった。
・・・田嶋のラブシーンを見て、ついそんな気になってしまった・・・というわけではなく。
田嶋たちを見て、自分たちのことを引き合いにだした、オメーが悪いんだぜ・・・? と、責任転嫁もはなはだしい理由を胸中で呟いてから、新一は蘭の背中に腕を回した。
・・・蘭の柔らかい華奢な身体を、その胸の中に閉じ込める。
田嶋のような、力一杯の抱擁は、できないと思った。
この愛しくて大切な存在は、そんなことをしてしまったら・・・壊れてしまいそうで。
だから、優しく、包み込むように抱きしめる。
初めは蘭をからかってやるつもりでしかなかったのに、制服の上からとはいえ蘭の身体に触れてしまえば、もう新一の中の余裕はすっかり吹き飛んでしまっていた。
・・・とても、愛しくて。
抱きしめているだけでは、我慢ができなくなっていた。
付き合い始めてから、何度かキスも交わした。
触れるような口付けから、時にはもっと深く、貪るように唇を重ねたこともある。
けれど今は・・・それさえも、足りないほどに、蘭の唇を求めてしまった。
「・・・っ! ちょ、ちょっと・・・こんなとこでっ・・・んんっ!」
「・・・黙ってろ」
逃げようとする蘭の唇を、執拗に追う。
蘭の抗議の言葉を封じるかのように、捉えて、しっかりと塞いでしまう。
「・・・ん・・・っ!」
新一の唇の動きに反応して、蘭の体がぴくりと震えた。
もう、ここが屋外だということも、蘭をからかうだけのつもりだったということも、何もかも新一の頭からは吹き飛んでいた。
蘭の柔らかい唇の感触に、もう自分の行動が止められなくなっていた。
蘭の唇の隙間から、素早く舌を差し入れる。戸惑うような蘭の舌を探し当て、逃がさないようにしっかりと絡め取る。
互いの唾液が交じり合い、一つになって溶け合うように、二人は口付けを交わし続ける。
いつの間にか新一の背中には、蘭の腕がしっかりと回されていた。
・・・さて、この後。
二人の体が離れたのは、どれくらい時間が経過したあとだったのか・・・?
そのときにはすでに、田嶋たちの姿は見えなくなっていたことだけ、追記しておく。
〜fin〜