Restart side Ran (4)




 夢を、見ていた。

 コナンが、そばにいる。
 眼鏡をかけた、小さな男の子。
 蘭はその子供が、自分の大切な人だと知っている。
 コナンが蘭に笑いかける。大人びた、優しい瞳で。

 ごめんな、蘭。・・・大人びた口調で、謝っている。
 心配かけて、ごめんな。
 ずっと正体を隠してて、嘘をついていて、ごめんな。

 ・・・これが夢だと、蘭にはちゃんとわかっていた。
 だから思う。
 目が覚めたら、本当に、ちゃんと謝ってよね。
 ずっとずっと心配かけて、ずっとずっと待たせておいて、そのくせ、実はずっとそばにいただなんて。
 ずっとそれを隠してたこと、少しだけ怒ってるんだから。

 そう言ったら夢の中のコナンは困ったように小さく笑って、また、ごめん、と謝った。
 そして優しい瞳で、じっと蘭を見上げてくる。

 ・・・ねえ、コナン君。
 目が覚めたときにも、そうやって、新一の顔をしていてくれる?
 また子供っぽい顔に戻って、「ボク子供だよ? 新一兄ちゃんのはずないじゃない」・・・なんて、悲しいことを言ったりしない?
 あなたの口から、ちゃんと全部説明してくれて、わたしの質問にちゃんと答えてくれて、そしてずっとそばにいたことを、ちゃんと認めてくれる・・・?
 それとも前みたいに、また否定するの?

 でもね。
 でも、今度は。
 あなたがどんなに否定したって、誤魔化したって、もう聞いてあげない。
 だって、たくさんたくさん、証拠があるのよ?
 目が覚めたらわたしが名探偵になって、あなたの正体をしっかり暴いてあげるんだから。
 どんなに否定したって、とぼけたって、ぐうの音もでないような証拠をつきつけて、とっちめてあげるんだから。

 だから。
 だから、わたしが目覚めたときに、ちゃんとそばにいてね。
 そして、「蘭姉ちゃん」じゃなくって、「蘭」ってちゃんと呼んでね。
 新一の言葉で、ちゃんと言ってね。

「蘭・・・」

 夢の中のコナンは、ちゃんとそう呼んでくれた。
 コナンが呼んでいるはずなのに、新一の声に聞こえる。優しい優しい、大好きな声。
 新一だってわかっちゃったから、そう聞こえるだけなのかな?
 夢の中で蘭は瞳を閉じる。

「蘭・・・」

 やっぱりそれは、新一の声で。
 蘭は目を閉じたまま、うっとりとその声に聞き惚れる。
 夢だから、自分の聞きたいように聞こえるだけなのかもしれない。

「・・・蘭・・・・・・蘭」

 何度も何度も、名前を呼んでくれる。・・・それが、涙が出るくらい切なくて・・・震えるくらいに、嬉しい。

 ふと、頬にぬくもりを感じた。大きな暖かい手が、蘭の頬を包み込んでくれている。
 目の前にいるのはコナンなのに。夢って不思議。
 小さなコナンの手じゃなくて、大きくて優しい、新一の手の平の感触。
 その手の主を確かめようと、蘭はゆっくりと瞼を開く。

 ・・・すると驚いたように、その大きな手がぱっと引っ込められた。

(・・・え・・・?)

 開かれた蘭の目にまず入ってきたのは、薄暗い部屋の、白い天井。

(どこ? ここ・・・)

 今の今まで、コナンと話していたはずなのに。
 夢なのか現実なのかの区別もつかないまま、蘭はゆっくりと視線を彷徨わせた。頭も身体もぼうっとしている。

 白い天井。薄暗い部屋。自分の部屋でないことはわかる。
 そしてこの匂い、覚えがある。
 消毒薬の匂い。・・・病院?

(ああ、そっか・・・)

 少しずつ、意識がはっきりしてきた。
 コナン・・・いや、新一をかばって、銃で撃たれたのだ。気を失っているうちに、病院に運ばれたのだろう。
 撃たれたはずのお腹には、痛みは感じない。そのかわりに全身が痺れているような感覚があった。

 そして、自分に注がれる視線があることに気づき、蘭はゆっくりとその視線を感じる方へと顔を向けた。
 枕元に誰かが座っていて、じっと蘭を見つめている。

「・・・ら、蘭・・・?」

 なぜか戸惑ったように自分の名前を呼ぶその人が一体誰なのか、蘭には一瞬、理解できなかった。
 なぜなら蘭が目覚めたとき、そばにいてくれると思っていた人は・・・小さな子供の姿をしているはずだったから。
 けれど実際に、そばにいたのは・・・。

「・・・しんいち・・・?」
「・・・わりぃ、起こしちまったか?」

 蘭に顔を近づけて優しく尋ねるその声は、新一の声。
 すぐ間近まで近づいたその顔も、表情も、瞳も。間違いなく、新一のもの。

 どうして・・・?
 どうして、コナン君の姿じゃなくなっているの・・・?

 けれど、そんな疑問を押し流すように、蘭の胸には怒涛のような歓喜が押し寄せてきた。
 ずっとずっと待っていた、会いたいと強く願ってきた、大好きな人の顔。それを間近に感じて、胸が熱くなる。
 知らず、蘭の顔には花のような微笑が浮かんでいた。

 ・・・けれど同時に。
 目覚めたらまず実行しようと思っていた蘭のささやかな計画は、音もなく崩れ去ってしまったのだ。

 蘭を優しくいたわるその言葉を。
 コナンに、言って貰おうと思っていたのに・・・。

「・・・なーんだ、新一かぁ・・・」
「・・・は?」

 ささやかな楽しみが奪われてしまったことがわかって、蘭は思わず呟いてしまっていた。
 それを聞いた新一はぽかんとした表情になり、その後みるみる不機嫌な顔になる。

「・・・何が、なーんだ、なんだよ、おい・・・」

 憮然とした新一の声。
 ・・・そりゃ、そうだろう。まるで「がっかりした」と言わんばかりの呟きを、思わず漏らしてしまったのだから。

「・・・だって次にコナン君に会ったら、今度こそ本当のこと聞き出してやる、って思ってたのに・・・。目が覚めたら、元に戻ってるんだもん・・・」

 言いながら、笑みがこぼれてきた。
 そんなことを言っているけれど・・・確かにそれも本心ではあるけれど・・・。
 ぽかんとした新一も、憮然とした新一も、夢にまで見た新一の顔で。
 それがそばにあることが、嬉しくて。

「・・・なんだよ。元に戻らないほうがよかったってのか?」

 くすくす。
 ますます不機嫌な顔になっていく新一に、笑みが止まらない。

「そんなこと、言ってないじゃない。・・・そうじゃなくて、ね」
「そうじゃなくて、何なんだよ」
「・・・嬉しかったのよ。コナン君が、新一だった、ってことが・・・」
「・・・・・・」
「目が覚めたら、きっとコナン君が、ここにいてくれると思ってたの。それで、大丈夫か、蘭? ・・・って、新一の言葉で・・・子供の振りじゃない言葉で、言ってくれると思ってたの。そうしたら、今度こそ ホントにホントなんだって・・・新一は、ずっとわたしのそばにいてくれたんだって、そう信じられると思って・・・」

 なんだか言っているうちに、自分でも何が言いたいのかよくわからなくなってしまった。
 目が覚めたら、コナンの姿の新一がいるんだろうな、と思っていたのは本当で。けれど実際にそばにいてくれたのは、元の姿の新一で。
 予想が違っていたことにがっかりしたのは本当だけれど、じゃあ、どっちであって欲しかったのかというと・・・結局は、蘭はどちらでもよかったのだ。
 コナンのままだろうが、元の新一であろうが。
 この人でさえあれば、どちらでも構わなかったのだ。
 そして、言っている当人でさえよくわからなくなってしまった蘭の言葉を、女心なんてまるでわからない鈍ちんのこの男が、わかるはずなど当然なくて・・・。

「・・・やっぱ、コナンのままでいて欲しかったってことか・・・?」
「・・・バカ」

 思わず呟くと、新一はますます憮然とした表情になる。
 それがおかしくて、蘭はまた、くすくすと笑う。

「・・・コナン君をとっちめるのを楽しみにしてたのに、それができなくなっちゃったなーって、思ってたの。どうせ新一に戻るんだったら、その後にしてくれればよかったのに」
「・・・なんでオメーの都合にあわせて、伸び縮みしなきゃなんねーんだよ・・・」

 ぶつぶつと呟く新一。・・・その言葉で、蘭はあることに気づいた。

 ねえ、そう言えば。
 さっきから、否定、してないよね・・・?
 コナン君が新一だったんだってこと、認めてるってことだよね・・・?
 そのことに気づいて、蘭はますます嬉しくなる。

「ふふっ」
「あんだよ・・・」
「もう、否定しないのね」
「あん?」
「コナン君が新一だった、ってこと」

 ああ・・・と、新一の口から小さく苦笑が漏れた。・・・まいったな、とでもいうような、でも、とても優しい・・・。

「・・・今更否定したって、信じねーだろ」
「うん」

 よくわかってるじゃない、と、にっこり笑って答えると、新一は諦めたようにため息をつく。

「・・・いつわかったんだよ」
「自分で言ってたじゃない。屋上で・・・『工藤新一、探偵だ』って」
「・・・やっぱり聞いてたのか」
「それに、あの携帯、新一のだったし。私からのメールも服部君からのメールも入ってたし」
「・・・それも見たのか・・・」
「コナン君がいつもつけてた蝶ネクタイも、落ちてたし」
「・・・あれも見たのか・・・」
「うん。マイクみたいのがついてたから、ちょっと声を出してみたら、新一の声になった。あれを使って、いつもわたしに電話してきてたのね?」
「・・・ああ・・・」

 本当は、コナンにつきつけるつもりだった証拠の数々を新一にぶつけて。蘭は彼を軽く睨んで、とどめをさす。

「次から次に新一だって証拠が出てきて、とてもじゃないけど、コナン君が新一じゃないなんて言われても、もう信じないんだからね?」

 蘭の言葉に首をすくめる新一が、なんだか可愛い。
 いつも余裕綽々で自信満々な名探偵をやりこめてやったことに、蘭は小さな快感を覚えていた。
 ・・・本当は、もっと他にも言いたかった言葉があったはずなのに。
 助けにきてくれてありがとう、とか。いつもそばにいてくれて、ありがとう、とか。他にも色々、自分の気持ちを、伝えたかったはずなんだけど。
 せっかく会話の主導権を握ることができたのだから、そういう言葉はまた今度にしよう。

 だって自分たちには、これからたくさんの時間があるはずなのだから・・・。

 ・・・ひそかにそんなことを蘭が考えていると。
 そんな蘭の心を読み取ったわけでもないだろうに、それまでちょっと不貞腐れたような顔をしていた新一が、何かを思いついたかのように、にやりと笑った。

「・・・蘭」
「・・・ん?」

 いつもの、自信たっぷりなその笑みで名前を呼ばれ、蘭はちょっと身構えた。
 新一がこんな顔をするとき・・・それは、新一が自分の勝ちを確信しているときなのだ。
 いったい何をする気だろう、と見守る蘭にちょっと顔を近づけて、新一はその深い色の瞳に悪戯っ子のような表情を浮かべる。

「もう否定しねーよ。コナンはオレで・・・ずっと蘭のそばにいた。・・・ずっとオメーを見てた」
「・・・・・・」
「・・・だから、さ」

 にやり、と不敵に笑う新一に、ますます不穏なものを感じて・・・思わず蘭は息を呑んだ。
 そんな蘭にはお構いなしで、新一はますますその顔を・・・蘭が好きでたまらないその瞳を、どきどきするほどそばまで近づける。
 耳元に新一の息がかかって、蘭のどきどきは増すばかり。

「し、新一・・・?」
「だから、オメーの気持ちも、ちゃーんと知ってるんだぜ?」
「・・・え・・・」

 それまでの悪戯っぽい口調から一転して、低く小さく、耳元で囁かれる。

 わたしの、気持ち・・・?

 一瞬、何のことかわからずにぽかんと新一の顔を見返して・・・そして。

「・・・な・・・っ! バ・・・っっ!」

 かなり前に、コナンに対して告白してしまった新一への想い。それを思い出し、蘭の顔にかーっと血が昇った。

 そう。
 コナンが新一だったことが嬉しくて、ずっとそばにいてくれたのが嬉しくて、今まで考えていなかったけれど。
 コナンが新一だということは・・・コナンに対して言ったことを、新一は全部、知っているということではないか。

 恥ずかしさのあまり顔を隠そうと、蘭は毛布をばっと引き上げてその中に潜り込もうとした。
 だが新一の力強い大きな手にやすやすと腕をつかまれて、上から顔を覗き込まれてしまう。
 そして新一は楽しそうに、トマトのように赤くなった蘭を見つめながら、魅惑的な声で囁くのだ。

「オレのことが大好きなんだろ?」
「ち・・・ちが・・・っ!」

 からかうような新一の口調に、恥ずかしくて恥ずかしくて、ちがう、と叫びそうになったけれど。

「・・・違うのかよ?」

 いっそう甘く、吐息のように囁かれて、蘭は自分の気持ちに嘘がつけなくなる。

「・・・ち・・・ちがわ・・・ない・・・けど・・・」

 消え入りそうな声でようやくそれだけ答えると、新一はとても嬉しそうに・・・満足そうに微笑んだ。
 息がかかるほど近くでそんな笑顔を見せられたら、もう何も考えられなくなってしまう。
 大好きな大好きな、新一の微笑み。

 でも・・・でもっ!

(新一・・・・・・ずるいわよっ!!)

 ずっと前から蘭の気持ちを知っていたくせに。
 ずっとそばにいたくせに、知らん顔をして・・・自分の気持ちなんて、何にも言ってくれなかったんだから!

 新一が嬉しそうに笑っているのが悔しくて、蘭はぷうっと唇を尖らせた。・・・これではさきほどまでと、まるで逆ではないか。
 くすくす笑う新一と、憮然とした蘭・・・。

「・・・ずるい・・・」

 だから思わず、そんな台詞が口をついて出てきた。
 それに対しても、新一は余裕の笑み。

「・・・何が?」
「何がじゃ、ないわよっ・・・わたしにだけ、言わせて・・・っ」
「ん? オレ、まだ言ってなかったか?」

 ・・・なんて、そんなとぼけたことを言ってくれる。

「・・・聞いてないわよっ!」

 聞いてたら・・・忘れるわけないじゃないのっ!
 叫ぶように言っても、新一にはまるで堪えていない。それどころか、そんな蘭の態度にさえも、嬉しそうに微笑むのだ。

「じゃ、教えてやるから耳、貸せよ」

 ・・・悔しくて怒っていたはずなのに、新一の唇が耳元に寄せられて、蘭の心臓はまたどきっと早鐘を打った。
 顔が赤いのが、自分でもわかる。
 そんな蘭に、新一の吐息のような言葉が告げられる。

「・・・オレだって、ずっとオメーのこと、大好きだったんだぜ・・・?」
「・・・・・・・・・ほんと?」
「あのな・・・。ここで嘘ついてどーすんだ」

 思わず問い返した蘭に、苦笑する新一。

 ・・・本当に・・・?

 蘭は目を大きく見開いて新一を見つめ返した。
 本当に、新一も、わたしのことを好きでいてくれたの・・・?
 ずっとずっと、想ってくれていたの・・・?

 嬉しくて。
 涙が溢れて、新一の顔がぼやけてしまう。

「・・・お、おいっ! 泣くなよ・・・」
「だ、だって・・・」

 だって、嬉しくて。・・・そう言いたかったのに、涙で声にならない。

 蘭が泣き出したことに少し慌てた様子の新一だったが、唇の動きで蘭の言葉がわかったのだろう。・・・見惚れるような、とても優しい笑顔が蘭に向けられる。
 蘭の瞳に溜まった涙を、新一がそっと拭った。
 目の前にあるのは間違いなく、大好きな新一の瞳。新一の鼻。新一の唇。新一の、笑顔。・・・すべて、蘭がずっと焦がれていたもの。
 しばらくの間、二人は無言で見詰め合っていた。
 そして新一がもう一度、・・・強い思いをこめて、告げる。

「蘭が好きだよ」
「・・・うん」

 うん。
 私も、新一が大好き。・・・そう言いたいのに、言葉にならない。でもきっと、新一には伝わっているはず。
 嬉しくて、幸せで。
 ・・・涙が止まらない。

 新一の唇が、そっと蘭のそれに重ねられる。

 初めてのキスは、ちょぴり涙の味がした。

〜Fin〜


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03/11/24 up
05/10/24 修正後、再 up

 蘭ちゃんサイドも、修正終わりましたー(^^; といっても、新一サイドほどたくさん直したわけじゃないんですが。
 ああ、相変わらずラブなシーンは苦手だあああああっ><
 最後のほう、もう三人称なんだか一人称なんだか、わけわかんなくなってるしっ><
 直してる最中に、もう何度投げ出しそうになったことか・・・(^^;
 いっそ飛ばして次の話からアップしようかと思ったんだけど、でもこの話には、私の好きな台詞とかシーンも盛り込んであるので、捨てるに捨てれず・・・(苦笑)
 でも、ま。
 前よりは多少、ましになってるんじゃないかなーとは思うので、自己満足しておくことにします。わは(^^;