「おーい、工藤!!客だぞー!」
昼休みの教室で、机に突っ伏して安眠を貪っていた新一は、自分を呼ぶ無遠慮に大きな声に叩き起された。顔を上げれば教室の後側の扉のそばで、同じクラスの男子生徒が新一に向かって手招きをしている。
「・・・あん?」
徹夜明けの貴重な睡眠時間を妨害されて、不機嫌度数はかなり高め。
(・・・頼むから静かに寝かせてくれよ・・・)
今日が提出期限の課題を、何とか仕上げたのが今朝の4時。
そこから寝てしまったのでは、絶対に登校時間までに起きられないことが明白だったので、そのまま明日からの期末試験のための勉強なんぞで睡魔を紛らわし(・・・逆に眠くなるんじゃないの?・・・とは、その話を聞いた園子の意見だ)、一睡もせずに学校に出てきた。
授業中に足りない睡眠時間を補おうにも、復学以来、妙に教師に気に入られ(?)、黒板で課題を解け、だの教科書を読め、だのと指名され、ゆっくり寝させてももらえない。(・・・あたりまえでしょ?・・・と、これも園子の意見だ)
よってこの昼休みという時間は、新一にとっては本当に本当に貴重な、安らぎの時間であったのだ。頼むから、それを邪魔しないで欲しい、と、切実に願う。
が、そんな新一の心の声がまったく聞こえていないのか、それとも聞こえているのにあえて無視してくれているのか、件のクラスメイトはにやにやと笑いながら「早くしろよ」と急かしてくれる。その顔で、その「客」とやらの用件まで察しがついてしまうから、なおのこと新一は顔をしかめた。
(・・・またかよ・・・)
いったん顔を上げて返事(・・・「あん?」を返事だとするなら、だが・・・)をしてしまった以上、聞こえなかったふりをして昼寝の続きに突入するわけにもいかず、新一は不承不承、ガタガタと音をたてて椅子からゆっくりと立ち上がった。
扉のほうに歩み寄ると、新一を呼びつけたクラスメイトの影に隠れるようにして、見覚えのない女子生徒の姿。・・・これが、自分の客らしい。
新一が近づくのと入れ違うように、彼を呼びつけたクラスメイトはやはりにやにやしながら、それでも気を利かせたつもりか、扉を離れて教室の中に戻っていった。・・・で、その場には新一と女子生徒とが残される。
「・・・何?」
新一は極力、不機嫌さが声に出ないように努力しながら、その女子生徒に問い掛けた。
瞬間、女子生徒はぱっと顔を赤らめて、「あの・・・」と言ったきり口篭もってしまう。
内履きのシューズの色で、1年生だとわかる。どおりで見覚えがないはずだ。
人の顔と名前を覚えるのは苦手ではないので、同学年の生徒であれば、大概の顔はわかる。こんなに長い間休学したりしていなければ、学年の違う1年生であったとしても「見たことあるな」くらいの判断はついていただろう。が、この女生徒に関しては、新一の記憶の中にはまったく痕跡がない。
ストレートのロングヘアーを背中の中ほどできっちりと切りそろえた、小柄な少女。新一より頭1つ分は確実に背が低い。華奢な体つきで、あまり血色のよくない顔色をしているので、運動部には所属していないだろう。目鼻立ちははっきりしていて、色素の薄い大きな瞳が印象的である。
・・・と、ついついいつもの癖で、目の前の少女を冷静に観察していた新一に向かって、少女は意を決したように顔を上げ、まくし立てるように言葉を発した。
「あの、私、1年C組の加納友香といいます!」
「・・・はあ」
「前から、工藤先輩のこと、好きでした!・・・それで、あの・・・よかったら・・・」
(あー・・・やっぱり、そーゆー話なわけね・・・)
だいたい、前から・・・って、いつからだよ、と、心の中でため息をつく。
2年生になった早々に休学し、復学したのはほんの数日前。加納と名乗った少女からしてみれば、自分が入学して早々に新一は姿をくらましてしまったわけで、最近までは見かけることもなかったはずだ。
それで「前から」とか言われても・・・。
が、このような「ありがた迷惑」なお申し出は、何も今に始まったことではない。
新一の復学が学校中に知れ渡るやいなや、今日までに同じような「お呼び出し」アンド「お申し出」が、一体何度あったことか。
そして、そのたびに「お断り」しなければならない新一の「うんざり」度は、着実に上昇しているのだ。
「・・・わりーけど」
その「うんざり」が顔に出ないようにしながら、新一は今日までに何度も口にしてきた断りの言葉を、目の前の少女にも告げる。
「オレ、付き合ってるヤツいるから」
新一の言葉に少女は、はっと口をつぐむ。そしてぎゅっと唇をかみ締めると、泣きそうな顔をしてぺこりと頭を下げた。
「・・・すいませんでした!」
そのまま新一の顔を見ないようにしてくるりと背を向け、ぱたぱたと廊下を走り去ってゆく。その背中を見送りながら、新一はふうと大きく息をついた。
そりゃ、オトコたるもの、女に人気があるというのは、悪い気はしない。
が、それも、きゃーきゃーと黄色い声援を送ってもらっている程度であれば、の話であり、こういう真剣な想いをぶつけてこられるのは・・・正直、気が重い。
その気持ちに応えてやれないのが、わかっているから。
ただ、昔に比べて楽になったな、と思えるのは、休学する前には決して口にすることのできなかった、絶対的な「断り文句」を手に入れた、ということぐらいか・・・。
「『付き合ってるヤツいるから』・・・うーむ、工藤の口からそんな言葉が聞ける日がこようとは・・・」
廊下に出たままぼんやりと考え事をしていた新一に、背後からしみじみとした声がかけられた。ぎょっとして振り向けば、先ほど新一を呼びつけたクラスメイトを筆頭に5、6人の男どもが集合している。
「・・・何やってんだ・・・?」
まさかそこで、今のやり取りを覗き見ていたのか?
が、新一が半眼を伏せて冷たい視線を送っても、男子軍団はまるで悪びれる様子もない。
「オレたちが散々問い詰めても、ただの幼馴染だって言い張ってたのになあ」
「ようやく認めるようになったかと思うと、オレは嬉しいよ」
「・・・毛利にも聞かせてやりたい、今のお前の台詞っ」
「いやー、何度聞いても、感動だね」
がっくりと、脱力。
認めるも何も、以前は本当にただの「幼馴染」だったんだよ!・・・と反論したいところだが、そうすると「じゃあ今は違うんだな?」と、こいつらが目を輝かせて突っ込んでくるのがわかりきっているので、その点には触れないことにする。
・・・それにしても・・・。
(・・・人が女を振ってるトコ見て、喜ぶなよ・・・。しかも、何度聞いても、だと?)
つまりこの野次馬たちは、今日に限らず新一の「お断り」シーンに耳をそばだてていた、と。
その事実に、腹が立つよりもまず呆れてしまい、次の言葉も出てこない。
そんな新一に、クラスメイト達はさらに詰めより、その冷やかしは「風邪が長引いて休んでいる」ことになっている、この場にはいないもう一人の当事者にも飛び火していった。
「・・・で、工藤。奥さんはいつからガッコに出てくるんだ?」
「せっかくお前が復活したっつーのに、肝心の毛利が休んでんだもんなー」
「ひさびさの夫婦ツーショットをからかってやろうと思ってたのに、つまらんじゃないか」
ぴし。
蘭のことにまで触れられて、新一のこめかみに青筋が立つ。
「・・・うっせーんだよっ!オレは眠いんだっ!・・・オメーらみてーな暇人の相手、してられっか!」
自分を囲んでやいやいと囃し立てる男子生徒たちに怒鳴りつけ、新一は盛大な足音を立てて自分の席に戻ると、昼寝の続きとばかりに机に突っ伏した。
が、もちろんすぐに眠ってしまえるわけもなく・・・。
「・・・うーむ、夫婦と言っても否定しなくなったぞ・・・」
「昔なら、『んなんじゃーねーよ』で片付けていたはずだが・・・」
「ついに工藤も無駄な抵抗は諦めたか」
「それはそれで・・・つまらんなあ」
「いやいや、それならそれで、別の楽しみ方がだな・・・」
(・・・頼むから、静かに寝かせてくれ・・・)
新一をネタに盛り上がり続けるクラスメイト達に、心の中で懇願する。
「・・・人気者は辛いわね、新一君」
隣の席の園子が、さも面白そうに小声で囁いた。じとっと睨みつけてやるが、こちらも悪びれる様子などかけらもなく、口元に手を当てて、ふふふ、と楽しそうに笑っている。
これで、今日で退院することになっている蘭が登校してきたら・・・どうなるんだ?
(・・・もう、勝手にしてくれ・・・)
どんな難解な謎でも鮮やかに解決してみせる名探偵でも、自分に関するこのやっかいな事態を収拾する方策は思いつかず、盛大なため息を漏らすしかないのだった。
※※
1週間ぶりに戻った自宅は、こころなしかやけに広々と感じられる。
蘭はリビングのテーブルの前に座り、頬杖をついて小さくため息をついた。
(・・・家族が一人減ったなのに、なんかガランとしちゃったな・・・)
あの小さな男の子が居候として毛利家に転がり込んでから、もうどれだけの月日が流れただろうか。
弟ができたみたいで、嬉しかった。蘭姉ちゃん、と無邪気に慕ってくれるのが、可愛かった。・・・ま、真実を知ってしまった今となっては、あの無邪気そうな笑顔は自分を子供らしくみせるための彼の演技であったのだ、とわかっているのだが。
そして、いつも一緒にいてくれたコナンが、実は姿を消してしまった新一の仮の姿だったのだとわかって・・・嬉しかった。本当に。・・・けれど。
新一が戻ってくれば、当然、コナンはいなくなる。
二人は同一人物なのだから、それが当たり前。
(・・・新一が戻ってきてくれたのは嬉しいんだけど・・・でも、コナン君がこの家からいなくなっちゃったのは、ちょっと寂しいな・・・)
コナンが使っていたお茶碗もお箸も。蘭が選んで買ったコナンの服も。まだ新しかったランドセルも。ついさっき、宅配業者の人がやってきて、すべて荷造りして回収していってしまった。
お父さんと二人暮しの・・・もとの生活に戻っただけ。
けれど、コナンがこの家にいなくなって、よくわかる。あの3人での生活が、とても楽しかったということが。
新一が元の姿を取り戻して以来、「コナンは風邪を引いて、阿笠博士に預かってもらっている」と、コナンを心配するいろんな人たちに対して苦しい説明をしてきた。
だが、それももう限界である。
蘭が退院してしまった以上、いつまでも博士の家にコナンを預けておくのは不自然であるし、これ以上コナンの風邪が長引くのもおかしな話である。
かといって、「江戸川コナン」という子供は、もうどこにも存在しないわけで、「コナン君どうしたの?」と聞かれても、蘭は返事をすることができない。
実はコナンは本人が思っているよりもずっと、存在感のある子供だったのだ。その不在を、いろんな人が心配してくれているくらいには。・・・当の本人は、そのことに気づいているのかいないのか・・・。
本当は新一に戻る前に、「江戸川コナン」として小五郎や友人たちにちゃんと別れを告げて、外国の両親のもとへ行ったことにするつもりだったのだ、と、新一は言っていた。
が、何しろ緊急事態に陥ってしまったため、準備も何もなく元の姿に戻らざるを得なくなり・・・そして現在、いかに「江戸川コナン」の存在を上手に消してしまえばいいのか、その方策に悩むことになってしまったのだ。
本当のことをみんなに話したら?
・・・蘭がそう言うと、新一はこれ以上ないというほど顔をしかめて、「却下」と即答した。
新一が関わっていた厄介な事件はほとんど解決したみたいだし、新一が縮んでしまっていたことを隠しておかなければならない必要は、もうないように蘭には思えるのだが・・・新一に言わせると、「人間が薬で縮んだなんて荒唐無稽な話、誰が信じるんだ?だいいち・・・コナンがオレだったなんてこと、恥ずかしくて言えるかっ」・・・ということらしい。・・・前半部分より後半部分のほうが、より本音に近いと思われる。
そして、新一がコナンであったことを知られたくない最大の理由。それは蘭の父である小五郎に関することである。
コナンはどうした、と意外としつこく聞いてくる父にだけは、本当のことを教えてもいいか・・・と蘭がたずねると、新一は「・・・頼むから、それだけは絶対にやめてくれ。んなことがバレたら、オレがおっちゃんに殺される・・・」と唸っていた。
確かに、コナンが実は新一で、蘭と一つ屋根の下でずっと一緒に暮らしていた・・・などと小五郎が知った日には、あまり想像もしたくない事態に陥るのは、目に見えている。小五郎の精神衛生と新一の身の安全のため、やはりコナンが姿を見せなくなった「本当の理由」は、蘭一人の胸のうちに納めておくこととなったわけである。
そして代わりに必要な「嘘の理由」は、以前に新一が考えていたとおり、コナンは外国の両親とともに暮らすことになった、ということ以外にはありえなくて、そしてその「嘘」に信憑性を持たせるためのお芝居が、ついさっき、この毛利家において行われたのだった。
蘭が小五郎と英理に迎えにきてもらって入院先の杯戸病院から自宅に戻り、英理が仕事に戻ったあと小五郎と一緒に2階の事務所にいるところへ、ずっと阿笠博士の家にいたことになっているコナンが彼の母親に伴われて現れた。
コナンは灰原哀の変装、そして母親は、急遽帰国した新一の母である工藤有希子の変装である。
事前に新一に聞いておかなければ、本当にコナンが現れたのだと信じてしまうほどにその変装は完璧で、一瞬蘭は、また新一が縮んでしまったのではないかと思ったくらいである。
「やはり家族で一緒に暮らすのが一番だと、主人とも話し合いまして・・・コナンもそれで、納得してくれましたので・・・。今まで本当にありがとうございました」
母親に扮した有希子が、そう言って小五郎に頭を下げ、コナンに扮した哀が、
「おじさん、蘭姉ちゃん、元気でね。さよなら」
と別れを告げると、さしもの小五郎も、しばし言葉を詰まらせていた。
有希子はさらに、蘭に対しても、
「蘭さんには、息子が本当にお世話になりました。ありがとうございました」
と、深々と頭を下げた。
芝居ではない、有希子の心からの、蘭への感謝の気持ち。
明るく振舞ってはいても、謎の組織に命を狙われて小さくなってしまった息子のことで、彼女は誰よりも心を痛めていたのだろう。その息子が今までがんばってこれて、そしてついに元の自分を取り戻せた・・・その力の源となり、「新一」の帰りを一途に待っていてくれた・・・そして「コナン」のそばで、彼をずっと勇気付けてくれた蘭に対する、有希子の感謝の思い。
それがひしひしと感じられて、蘭も思わず涙ぐんでしまい・・・それが尚のこと、この「別れの場面」に真実味を持たせることとなったのだった。
空港へと向かう二人を家の前で見送った後、小五郎は「・・・あっけなく行っちまいやがって・・・」と、小さく呟いていた。
いつもはコナンのことを、生意気なクソガキが、と、何かというと悪態をついていたくせに・・・小五郎も彼なりに、あの小さな居候がいなくなってしまったことには、一抹の寂しさを感じたのだろう。
そうして、「コナン」が永遠に戻ってくることのなくなった毛利家のリビングで、蘭はぼんやりと座り込んでいた。
今日からは、ご飯も二人分でいい。洗濯機を回す回数も減る。食事のたびに、ご飯粒や食べかすを口の周りにくっつけていた男の子の世話を、何かと焼いてやることも・・・もう、ない。
(・・・もう、家族じゃなくなっちゃったんだもんね・・・)
コナンは新一で。
だから本当は外国なんかに行ってしまったわけではなくて、すぐ近所に住んでいて、しかも同じ学校の同じクラスで、いつでも会えるはずなのだけれど。
彼を(実際には彼に変装した哀を)見送ったとき、蘭は本当に彼が遠くに行ってしまうような、そんな錯覚を覚えていた。
四六時中一緒にいた存在が、突然消えて無くなってしまったかのような虚無感。
もう彼が、「ただいまーっ」と元気よく、この自宅の玄関の扉を開けることはない。「蘭姉ちゃん、お腹すいたーっ」と、キッチンに立つ蘭に声をかけることもない。夜更かしして本を読んでいたせいで朝なかなか起きてこない彼を、「早く起きないと遅刻するでしょっ」とたたき起こすことも、もう、ない。
家族としてはぐくんできた、コナンとのたくさんの思い出が蘭の胸の中に去来して、・・・そして、そのすべてが、実は新一との思い出だったのだと思えば思うほど、なおさら、その寂しさが加速する。
ずっと、一緒にいたんだよね。・・・コナンが新一だとわかって、本当に、本当に嬉しかった。二人で、たくさんの時間を共有してきたのだと、わかったから。
・・・だから余計に、今・・・まるで新一が、今度こそ本当に蘭を置いて、遠くへ行ってしまったんじゃないかと・・・。
携帯電話の着信音に、蘭ははっと我に返った。
病院では携帯電話を使えなかったので、ずっと自分の部屋に置きっぱなしになっていた。あわててそれを取りに部屋に戻り、充電器から取り上げる。
(・・・誰だろ。見たことない番号だけど・・・)
名前ではなく番号がディスプレイに表示されているという時点で、登録されていない・・・つまり、知り合いからの電話ではないということがわかる。蘭は不審に思いつつ、通話ボタンを押した。
「・・・もしもし」
『あ、オレ』
「え・・・新一?」
いつもは非通知でかけてくる人からの電話だとわかり、蘭は目を見開いた。・・・非通知イコール新一、という図式が頭の中にインプットされてしまっていたので、まさか新一からの電話だとは思わなかったのだ。
電話の向こうから聞こえてきた声に、蘭の心臓が大きく跳ね上がる。
(・・・わたしの声が、聞こえたみたい・・・)
ちょうど新一のことを、考えていた。新一が遠くに行ってしまったような錯覚を覚えて、ちょっと泣きそうになっていた。
そんなときに、見事なまでのタイミングでかかってきた・・・新一からの電話。
こんなことは、これまでにも時々あった。
新一のことを考えていて、新一の声を聞きたいと思っているときに、それを見計らったかのように電話がかかってきた。
・・・実は新一はちゃっかりと蘭のそばにいて、その様子をいつも見ていたのだから、タイミングがいいのは当たり前よね、と、思っていたのだが・・・それだけでは、ないのかもしれない。
そんな蘭の様子にまったく気づかないのか、いつもとまるで変わらない口調の新一の声。
『今、学校終わったとこ。・・・電話に出たってことは、無事に退院できたってことだよな?』
「あ、うん。今朝、お父さんとお母さんに迎えにきてもらって・・・」
答えながら、鼓動がちょっと早くなる。
学校が終わってすぐに連絡してきてくれたことが、嬉しかった。
退院の日をちゃんと覚えていてくれたことが、嬉しかった。
・・・こんな他愛もない電話だけで、こんなにも心臓がどきどきさせられていることを・・・この人は、知っているだろうか。
『・・・で?母さんと灰原、ちゃんとそっち行ったか?』
「うん」
『おっちゃん、疑ってなかったか?』
「大丈夫よ。コナン君のこと、寂しそうに見送ってたから」
『・・・ふーん・・・』
新一の声のトーンが少しだけ変わる。・・・いつも悪態をついてばかりいた小五郎が、自分との別れを少しは惜しんでくれていたということが意外でもあり・・・気恥ずかしくもあったのだろう。
『・・・あ、明日から学校行けんのかよ』
わざとらしく話題を変えたりして。
電話の向こうにいる新一の顔が、ありありと目に浮かんで、蘭はふふ、と小さく笑った。
「大丈夫よ。明日からテストだし、ちゃんと行かなきゃ」
『・・・そういや、そうだったな』
「もォ。他人事みたいに・・・。新一、テストの結果が悪かったら留年なんでしょ?大丈夫なの?」
『・・・誰に向かって言ってんだ?』
相変わらず、自信家なんだから。そんな物言いさえも、新一らしくて嬉しくなる。
『じゃ、まだ本調子じゃねーんだから、今日はゆっくり休めよ。オレ、これからちょっと警視庁に行ってこなきゃなんねーから・・・』
「ね、ねえ、新一!」
『あん?』
「この電話番号・・・新一の、携帯のだよね?」
電話を切ろうとする新一を慌てて遮り、どきどきする胸を押さえながら確認すると、新一の優しい声が返ってきた。
『・・・ああ。ちゃんと登録しとけよ』
「・・・うん」
通話を切った携帯電話に残った、着信履歴。
それが新一との確かな絆の証のように思えて、知らず、蘭はその携帯をきゅっと胸に押し当てた。
先ほどまで感じていた切ない寂寥感は、嘘のように消えていた。
(・・・ちゃんと、いるじゃない。ね、新一・・・)
家族ではなくなってしまったけれど、その存在だけでこんなにも自分を幸せな気持ちにさせてくれる人。
早く新一の顔が見たい、と蘭は強く思った。
明日は新一の家まで迎えに行って・・・一緒に学校に行こう。
朝一番に、彼の顔が見たいから。
・・・そうやって二人で登校することが、クラスメイト達の好奇心を満足させる結果になることは、蘭には預かり知らぬことであった。