Restart (5)


 

「・・・あいっかわらず、水くさいやっちゃなー」

 ぶつくさとこぼすのは、西の高校生探偵こと、服部平次。

「結局一人で全部カタつけてしもて・・・何かあったらすぐ呼べて、ゆうてたやろー?」
「・・・んな時間なかったんだから、しょうがねーだろ」
「何ゆうてんねん。姉ちゃんがおらんようになってからすぐに連絡もろとったら、お前がジンっちゅう男んとこに乗り込む時間までに、オレもこっち着けてたんやで?」

 平次の「ぶつくさ」は、とどまるところを知らず、新一の肩をすくめさせる。

「阿笠のじいさんから電話もろて慌てて来たったら、いっつもクールなちっこい姉ちゃんがすすり泣いてるし、あの姉ちゃんは弾くろうて手術中やっちゅーし、お前は勝手にでっかなってるし、しかも顔ぼこぼこに殴られてるし・・・ 目茶目茶やないか。オレがいてたら、もっとうまいことできてたかもしれへんねんで? わかってるんか、工藤」
「・・・いてて・・・いてーよ、バーロ!」

 ぶつくさついでに平次が新一の腫れ上がった頬を人差し指でつついたもので、新一はその痛みに盛大に顔をしかめた。

 二人がいるのは杯戸病院の待合室。
 真夜中とあって他に人影はなく、がらんとした真っ暗な空間で二人は並んで椅子に座っている。

 新一の両頬は、ぱっと見てすぐにわかるほど、赤く腫れ上がっていた。
 ・・・原因は、小五郎の怒りの鉄拳、である。
 重傷を負って意識を失った蘭を抱えて現場から出てきたときに、左右一発ずつ、思いっきり殴られたものだ。

 命にかえても蘭を無事に助け出す、と宣言していた手前、ぼこぼこにされるだろうな・・・と、覚悟はしていたのだが・・・二発で許してもらったのは、上々というものだろう。
 もっとも、一緒にいた英理が止めていなかったら、あと何発もらっていたかわかったものではないのだが。 ・・・そして何発殴られることになろうとも、新一はそれを避けるつもりなど、微塵もなかったのであるが。

「しかも、わざわざ大阪から出てきたったオレに、パシリの真似事させよって。なんでこのオレが、お前の靴と着替えをもってきたらなあかんねん」
「・・・悪かったよ」

 新一は平次が病院に到着するなり、自宅から靴とシャツの着替えを持ってこさせていた。
 いつ解毒剤の効き目が現れてもいいように、服はあらかじめ新一サイズのものを着込んでいたのだが、さすがに靴まではそうもいかず・・・廃ビルから病院に蘭を運ぶまでの間、新一はずっと裸足だったのだ。
 ついでに、自分の怪我と蘭の怪我とで血まみれになっていた、シャツの着替えも欲しかった。

 が、恐れ多くも西の高校生名探偵を使いっパシリにしてしまったことに関しては、さすがの新一も少々申し訳ないとは思っていたので、それに関しては素直に謝罪。
 それでも平次の「ぶつくさ」は止まらない。

「この病院にお前らがおるっちゅーことかて・・・お前がちゃんと阿笠のじいさんに知らせてへんもんやから、現場で高木刑事つかまえて居場所教えてもろて・・・とにかく、大変やったんやで?  お前の携帯つながらへんし・・・。いつもやったら2つも持ち歩いとるくせに、なんで肝心なときにはどっちも持ってへんねん」
「・・・それは、いろいろと事情がだな・・・」

 新一の携帯電話は蘭に渡してしまい、コナンの携帯電話は電池切れ。
 博士達にはあとでちゃんと連絡を入れようと思っていたのだが、蘭の怪我のことがあってすっかり忘れていた。
 ・・・いても立ってもいられなかったのだろう。博士は平次に連絡をとり、血相を変えた平次が大阪からかけつけてきた、というわけだ。

 平次の話をまとめると、東京に着いてまず阿笠博士の家に行って詳しい事情を聞き、現場となった廃ビルに向かったがそこはすでに警察に固められていて中に入れず、何とか高木刑事の姿を見つけて、あのボウズはどうなった、と聞いてみれば、ここには来ていないと言われ(それはそうだろう。ビルから出てきた時点では、すでに新一に戻っていたのだから・・・)、人質にとられてた姉ちゃんは無事か、と 尋ねれば、この病院に運び込まれたと教えられ、ようやくここまでたどり着いた、ということらしい。
 待合室に入るなり新一の姿を見つけ、「何ででっかなってんねん!」と大声で叫ばれたときには、小五郎や英理が一緒にいなくて本当によかった、と心底思ったものである。

「・・・ちょっとは反省せえよ。カッとなったら一人で飛び出してまうんは、お前の悪い癖やで」
「オメーに言われたかねえよ・・・」

 阿笠博士が何といって電話したのかは知らないが、いくら問題が発生したからといって、この2月の寒空の中、大阪から東京までバイクを飛ばし、たった2時間で着いてしまうような無茶苦茶な人間がどこにいる。
 「しゃーないやろ、この時間やったら飛行機も新幹線もないんやから」と平次は自分の正当性を主張するが、それは論点がずれているだろう・・・。
 だいたい真夜中の病院の待合室で、そんなでかい声で喚き散らすような非常識な人間に、「反省しろ」などと言われたくないぞ、と新一は声には出さずに心の中でだけ呟いた。

「・・・ほんで? 姉ちゃんの具合は?」

 一通り文句を言って気がすんだのか、平次は声のトーンを落として話題を変えた。・・・本来のところに。
 新一は「ああ・・・」と答えてから目線で蘭の病室を示した。

「オメーがここに着く少し前に手術が終わって、今は麻酔が効いて眠ってるよ。出血は多かったけど弾は貫通していたし、内臓の損傷もなかったから、思ったより軽傷だってよ」
「ほな、一安心やな」

 言って平次は、今度は新一の左肩をつつく。

「・・・お前も撃たれたてゆーてたけど、大丈夫なんか? さっき着替えたシャツ、ここんとこが血まみれやったやんか。あれ、姉ちゃんの血ィやのーてお前の血ィやろ?」

 ・・・そう思ったら、普通、つつくか? とは、新一の心の声。
 が、遠慮会釈もなく人差し指でつつかれたその箇所に、痛みはまったくなかった。

「・・・元の身体に戻ったら、傷が塞がってたんだ。解毒剤の作用で細胞の成長が促されたから、ついでに治癒能力も上がったのかもな」

 そう、あれだけ重傷に思えたコナンの傷は、コナンから新一に戻った際に、すべて綺麗に塞がってしまっていた。・・・だからこそ、軽々と蘭を抱き上げて廃ビルから出ることもできたのだ。

「・・・なんや、結構 便利な薬やなあ。それ飲ましたったら、姉ちゃんの怪我かて一発で治るんちゃうか?」
「バーロ! ・・・下手したら死ぬかもしれねー薬なんだぞ!」
「わ、わかってるて。・・・冗談や、冗談」
「・・・ったく」
「せやけど・・・ちゅーことは、工藤・・・お前の顔に血の気がないんは、自分の怪我のせいやのーて・・・さては、姉ちゃんに血ィ、輸血したったんやな?」
「・・・・・・」

 平次のさすがの観察眼に、再び新一は肩をすくめる。
 そう・・・確かに彼の言う通り、蘭の手術の際、あまりの出血の多さに病院の保存血が不足してしまい、新一が自分の血液を使ってくれるよう申し出たのだ。
 小五郎と英理もその場にはいたのだが、実の親子でありながら二人の血液型は蘭とは異なっており、血液を提供できたのは蘭と同じ血液型の新一だけだった。
 結果、600ccもの血液を、新一は蘭のために抜くことになり、しばらくここで安静にしているように、医師からも言いつけられていた。
 その甲斐あって蘭の手術は無事に終了し、それまで新一と一緒に待合室で手術が終わるのを待っていた小五郎と英理は、蘭の入院準備のため、一旦帰宅していた。・・・で、一人でおとなしく待合室で休んでいた ところ、血相を変えた平次が駆けつけてきた、というわけだ。
 新一が開口一番、「わりーけど、着替え、持って来てくんね?」と頼んだときに、平次が何も言わずにバイクで走ってくれたのは、血まみれのシャツを着た青白い顔の新一のただならぬ様子 に、何も言えなかったからなのかもしれない。

「しかしまあ、なんや。終わってみれば、結果オーライやったな」

 自分がその終わりに立ち会えなかったことは不満だが、と言い添えて、平次は新一をねぎらうようにぽんとその肩を軽く叩いた。

「お前は無事に元の身体に戻れたわけやし、姉ちゃんも命に別状はないようやし」
「まあ、な」
「おまけに、あのジンっちゅー悪党も自殺しとったみたいやから、今後お前らが狙われることもなくなったわけやし・・・」

(・・・え?)

 平次の台詞の最後の部分が聞き捨てならず、新一は眉をしかめて平次に向き直った。

「・・・自殺? ・・・嘘だろ?」
「なんや、聞いてへんかったんか? ・・・ほんまやで。お前らが病院に運ばれた後で警官が現場踏み込んだら、自分の頭、拳銃で打ち抜いて倒れとったっちゅう話や・・・」
「・・・・・・」

 思ってもみなかった報告に、新一は呆然と平次を見返した。

 ジンは間違いなく、麻酔銃で眠らせたはずだ。・・・それから警官が踏み込むまでに、ほとんど時間はかかっていない。新一が蘭を抱きかかえてビルを出てから、警察の人間以外であのビルに入った人間がいるとは思えないのだ。
 それなのにジンが撃たれていたということは、自殺に間違いはないのだろうが・・・。

 以前にもあったことだが、やはりジンは、麻酔の効きにくい体質だったのだろうか。
 こんなことなら、そう簡単に目を覚まさないよう、もう2、3本も麻酔針を撃ち込んでおくべきだった。

 あのときは蘭のことで気が動転していて、ジンをロープで縛ることもせず、そのまま放置してしまったから・・・みすみす自殺させてしまったのは、明らかに自分のミスだ。
 あの男には、生きて法の裁きを受けさせたかったというのに・・・。
 新一が小さく舌打ちすると、それを目ざとく見とがめた平次が意外そうに唇を歪めた。

「なんや、あの悪党に自殺されたんが、そんなに気に入らんのか?」
「・・・まあな」
「気にせんとき。あの組織におった連中で、自殺した奴らの数・・・お前も聞いとるやろ? ・・・半分以上やで? ほんま、悪党の考えることはよう分からんわ・・・。あのジンっちゅーやつも、お前殺したあとに、どのみち自殺する気やったんとちゃうか?」
「・・・かもしれねーな。組織が消滅した以上、奴には生きていく場所なんてなかっただろうし・・・」

 それでも新一は、ジンの自殺を苦々しく受け止めていた。
 推理で犯人を追い詰めてみすみす自殺させてしまうような探偵は、殺人者となにも変わらない・・・。相手がどんな悪人であろうとも、「死」をすべての決着の手段とすることは、新一には納得できないことだった。

(・・・やっぱオレは、まだまだ探偵として未熟だってことなんだろーな・・・)

 平次が言うように、結果オーライと言えるのかもしれないが、もっと良い形での決着の付け方があったはずなのだ。
 それを思うと、どうにもすっきりしない重いものが、自分の心の中に沈んでいるような気がした。

 そんな新一の気持ちが通じたのか、平次は新一の背中をばしんと叩くと、「次から気ィつけたらええねん!」と笑った。
 ・・・同じ探偵として、やはり同じような思いを味わったことのある男からの励ましを、新一は素直に受け取った。

 と、そのとき、携帯の着信音が静かな待合室に響いた。平次の携帯である。

「・・・ん? 非通知や。誰やろ」

 電話に出た平次が二言三言、相手と言葉を交わす。

「・・・ちょー待てや。ここにおるから、今、替わるわ」

 平次が新一に携帯を差し出す。

「・・・高木刑事や。お前に替わってくれ、て」
「高木刑事が?」

 高木は確か、目暮らとともに例の廃ビルで現場検証を行っているはずだ。
 本来なら新一もその場にとどまって事情聴取を受けなければならなかったのだが、蘭を一刻も早く病院に運ばなければならなかったため今夜のところは勘弁してもらい、翌朝警視庁に出向くことになっていた。
 その高木から連絡があったということは、何か問題でもあって、早急に新一に確認しなければならないことがあるということだろうか。
 ・・・新一は平次から携帯を受取って、慌てて耳に押し当てた。

「・・・工藤です」
『あ、高木です。・・・蘭さんの具合は、大丈夫かい?』
「ええ。手術は無事に終わりました。・・・何かありましたか?」
『いや、そういうわけじゃないんだけど・・・あの・・・工藤君、実は僕が今使っているこの携帯・・・君のものだと思うんだけど・・・』
「・・・え?」
『現場になった廃ビルの入り口付近に落ちていたんだ。犯人の所持品なのかもしれないと思って、着信履歴やメールの受信記録を確認して・・・。そうしたら、君と・・・蘭さんや服部君とのやり取りが残っていて・・・その・・・』

 もごもごと、高木は口篭もった。
 人の携帯電話のメール記録を勝手に見てしまうという行為で、他人のプライバシーを覗いてしまったような、後ろめたい気持ちがしたのだろう。

 新一の携帯電話は、ビルの屋上で蘭に渡した。
 だが、病院に運ばれた時点で、蘭はそれを持っていなかった。・・・恐らく現場で落としてしまったのだろう、と思っていたのだが、それを高木が発見した、ということか。
 事件現場に残された遺留品に対して、警察官である高木が行った行為は当然のことである。そのことに彼が罪悪感を抱く必要などないのだが・・・人のいい彼らしい口ぶりに、新一は苦笑を禁じえなかった。

「・・・すいません、高木刑事。僕の携帯だと思います。明日そちらに伺うことになってるので、それまで保管しておいてもらえますか?」
『あ、ああ。じゃあ僕が持っておくから。・・・それで、あの・・・ちょっと、聞いていいかい?』
「何でしょう・・・?」
『工藤君・・・・・・君は・・・・・・』
「・・・・・・?」
『・・・・・・あ、いや・・・やっぱりいいよ。・・・じゃ、明日、現場検証にご協力お願いします』
「は?」

 聞き返したときには、すでに通話は切れていた。
 君は・・・?
 高木は一体、何を言いたかったのだろうか。

 新一は首をかしげながら、平次に携帯を返した。

「高木刑事、なんやて?」
「・・・現場でオレの携帯拾ったから、明日取りに来いってよ」
「何でそれがお前の携帯やてわかったんや?」
「メールの受信記録に、蘭やオメーとのやり取りが残ってたから、それを見てわかったらしい。犯人のものかもしれなかったから、内容確認したんだろーな。拾ってくれたのが高木刑事で助かったよ。オレや蘭のことを知らない警察官だったら、戻ってくるのがいつになったか・・・」
「ちょい待て」

 新一の言葉を、平次が遮った。

「・・・メールのやり取り見た、てゆうてたんやな?」
「あ、ああ・・・」
「・・・オレとのメールも、見てしもた、てことやな・・・?」
「・・・オメーとのメール? そりゃそーだろ・・・って・・・あ!」

 平次の言わんとすることに思い当たり、新一は言葉を詰まらせた。

 確かに、平次とは何度もメールのやり取りをした。
 その内容のすべては覚えてはいないが、一つだけ確かなことがある。
 それは、平次とのやり取りには間違いなく、「コナン」が存在しているということだ。

「最後にオレが送ったんは、確か、まだ解毒剤できてへんのか、て・・・2、3日前やったな・・・」
「・・・で、オレからの返信が、もう完成してるけど、ジンがまだ見つかってねーから、しばらくはコナンのままで様子を見るつもりだ、って内容だったはず・・・」

 二人は顔を見合わせたまま、しばし固まってしまっていた。

 高木の言いかけたことが、わかった。
 君は、コナン君なのかい? ・・・と、そう聞きたかったのだ。

 以前から、高木はコナンの正体に疑問を持っていたフシがある。そこへもってきて、そんな内容のメールを目にすれば、彼がたどり着く結論は一つしかないだろう・・・。
 新一は頭を抱えたくなった。

「・・・お前なあ・・・何でそんな大事なもん、現場に落としてくんねん!」
「オレが落としたんじゃねえよ! 蘭が携帯忘れたっていうから、あいつに貸したんだ! ・・・・・・あ」
「・・・・・・ほな、姉ちゃんもそのメール、見てるかもしれんっちゅーことやんか・・・・・・」
「・・・・・・」

 今度こそ、新一は本当に頭を抱えた。

(・・・あいつ、だからあの時・・・コナンがオレだってことに確信持ってたのか・・・?)

 東西の名探偵は再び顔を見合わせ、そのまま沈黙してしまったのだった・・・。

 

 


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