(・・・わたし、何かした・・・?)
夜。蘭は自分の部屋で数学の問題集を開きながら、今日の学校での新一のことを考えていた。
帰り際の新一は、なぜかかなり不機嫌だった。
・・・しかも、その不機嫌の原因は、どうやら蘭にあるらしい。新一の蘭に対する態度から、その程度のことはさすがに読み取れる。
しかし・・・その理由が、まるでわからないのだ。
朝は、けっこうご機嫌だったはず。
早めに迎えに行ってしまったせいで、少し眠そうにはしていたが・・・通学路を並んで歩きながら、蘭が休んでいる間のクラスの話や、週末新一の家に泊まっていった平次や和葉の話などを楽しそうに聞かせてくれたし、今日の午後は一緒に勉強しよう、と誘ってもくれた。
テスト中だって、今日は物理と現国と世界史だったのだけれども、斜め後の新一の席からは小さく鼻歌が聞こえてきていたから(・・・隣でへったくそな鼻歌を嫌味ったらしく歌われたら、かなりムカつくのよね、と、休み時間に園子がぶつぶつ言っていたが)、きっとすらすらと解けてしまったのだろう。・・・機嫌が悪くなる理由はない。
ということは、やはり放課後のあの渡り廊下での会話が、新一の不機嫌の原因なのだろうか。
(・・・マコトちゃんの話、してるときよね、きっと)
マコトちゃんは、蘭の空手部の後輩である。
部長であり、女子では一番の実力者でもある蘭のことを、「先輩、先輩」と言って慕ってくれている。慕われれば当然悪い気はしないので、蘭のほうも「マコトちゃん」と呼んでかわいがっているのだ。
他の1年生と比べてみても、蘭とは比較的親しい間柄だと言っていいだろう。
今朝、新一の下足箱に入っていたあの手紙が、マコトちゃんからのものだとわかったときは・・・さすがに少し、驚いた。
親しいつもりでいたのに、マコトちゃんがそんな想いを抱いていただなんて、思ってもいなかったのだ。
で、そのマコトちゃんの話をしているうちに、なぜかどんどん新一の眉間に皺が寄っていくのがわかった。
あれ?と思いながら尚も蘭が何かを話すたびに、その皺がどんどん深くなっていって・・・ついには黙り込んでしまったのだ。
(・・・新一が怒るようなこと、言ったっけ・・・?)
どうしても、心当たりが見当たらない。
その直後に新一は、目暮警部からの呼び出しで事件に出かけていってしまったので、理由は聞けないままになっているのだ。
もっとも聞いたところで、あの新一が素直に教えてくれるとは思えないのだが。・・・本当に不機嫌になってしまった新一は、いつもむっつりと黙り込んでしまって、何を話し掛けても答えなくなってしまう・・・ということは、長い付き合いでよくわかっている。
ふと机の上の時計を見ると、もう夜中の12時を回っていた。
(・・・やばっ!全然進んでないのに・・・)
ついつい新一のことばかり考えていたら、どうしても勉強に集中できず、さらにはそれが苦手の数学ということもあって、今日やろうと思っていた箇所の半分も終わっていない。
本当なら、新一に教えてもらうつもりで・・・だから今ごろはとっくに終わっているはずだったのに。
事件だから、しかたないのだけれど・・・。
蘭は手元に置かれた携帯電話を、そっと取り上げた。
(・・・終わったら、電話してって言ったのに)
まだ、事件は解決されていないのだろうか。新一がこんな時間までてこずるなんて、けっこう難解な事件だったのだろうか。
無意識のうちに、30分に1回は携帯電話を見つめている自分に気づき、蘭はちょっと顔を赤らめた。
・・・けれどその夜、結局、蘭の携帯が鳴ることはなかった。
電話を待ちながら、うとうとしてしまった蘭は、数学の問題集の上に突っ伏した状態のままで朝を迎えた。
・・・いつもの起床時間は、とっくに過ぎていた。
※※
蘭が迎えにこなかった。
・・・別に、毎朝迎えにきて欲しいと頼んだわけでもなく、そういった約束を交わしたわけでもない。
が、前日には必要以上に早く迎えに来ているのだから、その日も当然来るだろう・・・と思っていた新一の期待は、見事に裏切られる形となった。
留年の恐れのある身としては遅刻覚悟で蘭を待っているゆとりはなく、昨日から引続く「面白くない」気分を引きずりながら、新一は一人で登校した。
昨日、都内のシティホテルで起こった殺人事件は、新一の推理で電光石火の解決となり、いつものように目暮警部や高木刑事らに感謝の言葉をもらいつつ現場を後にしたのが午後5時過ぎ。
終わったら電話してね、と言っていた蘭の言葉がふっと頭をよぎったが、それと同時に「マコトちゃん」に対する蘭の親しげな口調までもが蘇ってしまい、何となく電話をする気になれずにいるうちに、いつの間にか眠っていたらしい。
まずかったかな、とも思ったが、話したいことがあれば蘭から電話してきていただろう。・・・以前と違って、ちゃんと電話番号も教えてあるのだし。
一晩たって、新一なりに昨日の自分のとった態度は大人気なかったな、と少しは反省していた。
だから蘭が迎えにきたら、とりあえず昨日の態度を謝って、午後の約束をキャンセルしたことを謝って、その上でマコトちゃんに対する蘭の過分な庇い立ては少々行き過ぎているということを、こんこんと諭してやるつもりでいた。どうやら蘭は新一がなぜ気分を害してしまったのかということを、最後の最後までわかっていなかったようで、不本意ながらもその点はきちんと説明してやる必要があるな、と思っていたのだ。
そう思って、蘭がくるのを待ち構えていたというのに。・・・迎えに来ないなら来ないで、電話ぐらいしてきてもいいのではないのか?
一人で教室に入った新一に、園子が不思議そうな視線を向けたが、新一の表情がかつてないほど憮然としていたので、話し掛けるのがためらわれたようだ。
それは他のクラスメイトたちも同様のようで、いつもなら「奥さんはどーした」「夫婦喧嘩か」と冷やかしてくれる連中も、新一の全身から発される「オレに話し掛けるな」オーラによって沈黙を強いられてしまった。
・・・意外なことに、蘭はまだ来ていなかった。始業ぎりぎりに教室に飛び込んできて、新一に何か言いたげな視線を向けたが、結局何も言わずに自分の席に座る。
「・・・どうしたのよ、喧嘩でもしたの?」
「そんなんじゃないわよ」
「だって、あんたのダンナ、朝からすっごい不機嫌なんだけど・・・」
「だから、ダンナじゃないって言ってるでしょ」
園子と蘭の、ひそひそ話というには少々大きな話し声が、新一の耳にも入ってくる。
(・・・何でそこで、否定すんだよ・・・)
聞こえていないような顔をしながらしっかり二人の会話を聞いていた新一は、蘭の言葉にますます憮然とする。
照れ屋の蘭のことだから、恥ずかしくて思わず否定してしまったのだ・・・とは思うのだが。
昨日の別れ際のことと相まって、新一の「面白くない」気分はますます膨らんでいく。
蘭の空手部の後輩の「マコトちゃん」とやらが、蘭を慕っているらしく、その蘭のことで話があると新一を手紙で呼び出しておきながら、見事にすっぽかしてくれたのが昨日の放課後。
こともあろうに蘭はその「マコトちゃん」を、すごくかわいいコだと言い放ち、デリケートで気が弱いからきついことを言わないでほしいと、新一からそいつを庇った。
・・・空手部のくせに、かわいくてデリケートで気が弱い?入る部活、間違えてないか?まさか、はじめっから蘭が目当てで入部したんじゃねーだろーな?
だいたい、何で蘭がそいつを庇うんだよ。呼び出されて、文句つけられるはずだったのは、オレのほうなんだぞ・・・?(とはいえ、黙って文句をつけられてやるつもりなど毛頭なく、話の流れいかんによっては蘭のいうところの「きついこと」も言ってやるつもりでいたのだが)
・・・考えれば考えるほど面白くなくて、新一の「オレに話し掛けるな」オーラは最大出力で放出され続け、2年B組の教室内を、テストの間中、寒い空気にさせたのだった。
※※
その日のテストも無事に終わった。
新一がトイレに行ってから教室に戻ってみると、すでに蘭の姿がなくなっていた。
(・・・おいおい・・・何なんだよ、あいつ・・・)
朝と同様、別に一緒に帰る約束をしていたわけではない。
が、仮にも自分達は・・・ほんの1週間ほど前からとはいえ、「恋人同士」になったのではなかったのか?
「彼氏」に黙って、さっさと帰ってしまうとは、どういうことだ?
掃除当番で教室に残っていた園子をつかまえて、
「蘭、知らねー?」
と聞いてみれば、
「新一君がどこか行ってる間に空手部の1年生が呼びに来て、一緒に出て行ったわよ?」
との答え。空手部の1年生と聞いて新一の脳裏に浮かぶのは、昨日の「マコトちゃん」しかいなかった。
例の不届きモノの1年坊主は、昨日新一との待ち合わせをすっぽかしておきながら、今日は図々しくも蘭を呼び出したということか?
そして蘭はその呼び出しに応じて、のこのこと、そいつについていったというのか・・・?
それも、新一に一言の断りもなく。
考えてみれば、自分の部活の後輩が用事があって呼びにきたからといって、それを逐一蘭が新一に報告する必要など、ないといえば、ない。
しかし昨日の今日である。
自分は「マコトちゃん」からの呼び出しを蘭に内緒にしていたことはすっかり棚に上げ、新一は無言で教室を後にした。・・・蘭を呼び出した相手がヤツならば、呼び出した場所も昨日と同じ体育館裏に違いない。
(・・・そのツラ、拝んでやろうじゃねーか)
階段を降りて廊下を中庭へと向かい、渡り廊下に出る。
・・・すれ違う生徒達が、新一のただならぬ様子に驚いたように振り返っていた。
そして昨日と同じ体育館裏を眺め渡せる場所にたどり着いた新一は、自分の予想通りの、非常に面白くない場面に遭遇することとなった。
蘭が体育館裏で、見覚えのない男子生徒と向かい合って立っている。・・・こいつが、毛利命などとふざけた言葉で新一を挑発してきた張本人なのだろうか。
内履きシューズの色は確かに1年生のもの。背の高さは蘭より頭1つ分高く、つまり悔しいが新一よりも身長があるということ。ルックスはとりたてていいとは思わないが、まあ、見れないこともないだろう。(これは新一の主観であって、実はこの生徒、1年生の間ではイケメンで通っていたらしい。後に、園子から聞いた話である)
じろじろと観察する新一の視界の中で、1年坊主は恥ずかしそうに頭を掻きながら、蘭に親しげな様子で話し掛けていた。
「すいません、先輩。・・・急にこんなところに呼び出して」
「ううん。いいけど・・・話って、何?」
蘭が「ん?」と首をかしげる。・・・その表情には、何の邪気もない。純粋に、疑問を口にしただけ、という感じだ。
その無防備な可愛らしい仕草がどれほど男心をくすぐるのか・・・恐らく、この女はまるでわかっていない。
(・・・オレ以外の男に、そんな顔、見せてんじゃねーよ!)
案の定、蘭と向かい合って立つ1年生は、蘭の仕草に頬を染めて見とれてしまったようだ。・・・これまた新一にとっては、非常に面白くない。
そいつはオレのだ!見てんじゃねーっ!・・・と叫びたくなる衝動を、なんとか抑える。
「・・・聞きたいことが、あって・・・」
「うん。何?」
「先輩・・・あの工藤新一さんと付き合ってるって、本当ですか?」
「・・・え?」
「クラスの女子が噂してたんです。工藤さんに付き合ってる人がいるらしくて、それはきっと、幼馴染だっていう毛利蘭さんじゃないか、って・・・」
そんなつもりはなかったのだが、結果として二人の会話を盗み聞きしているような格好になってしまい、新一は無意識のうちに息をひそめていた。
・・・どうやら、昨日の新一の推測は、かなり的を得ていたようである。
あの工藤新一には付き合っている女がいるらしい、という噂が、そろそろ流れ始めてもいいころだ・・・とは、思っていたのだ。で、それを聞きつけた蘭に懸想しているこの1年坊主は、新一の付き合っている女が本当に蘭なのかどうかを慌てて確認しにきた、ということだろう。
もともとは蘭に直接確認するつもりだったのだろうが、当の蘭は長い間「風邪」で学校を休んでいた。
早く事実を知りたかったこの男は蘭が学校に出てくるのを待ちきれず、もう一方の当事者である新一に直接問いただそうと、あんな手紙を寄越してきた。
で、実際にその日になってみたら、蘭が学校に出てきているのを知った。
もともと話をしようと思っていた蘭が出てきた以上、話したこともない新一に対してこんなことを確認するのが恐ろしくなり、自分で呼び出しておきながら新一をすっぽかし、翌日、つまり今日になって蘭を呼び出した、と、そう考えれば、昨日の呼び出し状から始まった一連の出来事がすべてつながる。
しかし、ま、真実を確認する相手が新一だろうと蘭だろうと、彼が得られる結論は一つしかないわけだ。
ここはその「真実」とやらをしっかりと蘭に問いただし、とっとと退散してもおうではないか。
そう考えながら蘭の言葉を待っていた新一は、次の瞬間に自分の耳を疑うこととなる。
顔を真っ赤にした蘭の口から出てきた言葉は、
「ち、違うわよっ!・・・新一とはただの幼馴染で・・・付き合ってなんかいないわ!」
(・・・ちょっと待てっ!)
何、思いっきり否定してんだよ、オメーはっ!
新一は信じられないものを見たかのようにぽかんと口を開けて、蘭の赤く染まった顔を凝視し、その後、言いようもない怒りが込み上げてくるのを感じた。
・・・照れ隠しにもほどがあるだろ!?
園子やクラスの連中を相手に、というのなら、まだいい(もちろん、面白くはないが)。冷やかされたりからかわれたりするのが嫌で・・・という理由も、ちゃんとある。
だが、相手は自分に言い寄ってきている男なんだぞ!?・・・そんなことを言えば、そいつが次にどういう態度に出てくるか、わかりそうなもんじゃねーのか!?
・・・そして案の定、「新一とはただの幼馴染」という蘭の言葉を聞いた、相手の1年坊主の顔がぱあっと明るくなる。
「そうなんですか!?」
弾んだ声を上げた1年坊主は勢いよく蘭に詰めより、蘭の両手を自分の両手でがしっと掴んだ。突然のことに蘭は目を白黒させている。
「じゃ、ボクにもまだチャンスが・・・!」
「・・・え、あ、あの・・・?」
「・・・ねーよ」
すぐそばから突然低く呟かれた声に、蘭と男は驚いたように同時に振り返った。
「・・・新一!?」
「く、工藤先輩・・・」
蘭はただ純粋に、どうしてここに新一がいるの?・・・という不思議そうな顔で。対する男のほうは、突然の新一の登場に、一瞬にしてさーっと青ざめて。
新一は蘭には視線を向けず、瞳に剣呑な光を宿して男を一瞥する。
「・・・コイツが惚れてんのはオレだから、オメーにチャンスなんかねーんだよ」
そのまま物も言えなくなって硬直してしまった1年坊主をその場に残し、新一の言葉に真っ赤になってしまった蘭の腕を取ると、「行くぞ」と促して、新一は大股で歩き出した。
「ちょ・・・!新一、痛いってば!」
強く腕を掴まれて引きずられる格好の蘭が抗議の声を上げたが、聞く耳などもたない。
蘭を引っ張ったまま、どんどん先へと突き進み、中庭の木立を通り抜ける。
「何なのよ、もぉ!」
人影の見えないあたりまでくると、新一はようやく立ち止まり、掴んでいた蘭の腕を解放した。
向かい合って、蘭の顔を見下ろせば、新一の理不尽な行動にむっとしたように、赤い顔のままで頬を膨らませている。
・・・が、むっとしているのは新一も同様であったので、こちらも不機嫌さを隠そうともせず、すっと目を細めて蘭に冷たい視線を向けた。
「・・・オレのやったことに、文句でもあるのか?」
「あるわよ!・・・急に現れて、あ、あんなこと、言って・・・あのコ、びっくりしてたじゃない!」
「・・・じゃ、何て言えばよかったんだ?」
「そ、そんなの・・・わかんないけど・・・」
「だいたい、オメーが隙だらけだから、あんな1年坊主に言い寄られるんだよ」
「言い寄られてなんかいないわよ!ただ、教えて欲しいことがあるからって、呼ばれただけで・・・」
「言い寄られてたんだよ!間違いなく!・・・そんなこともわかんねーのかよ!」
昨日からの苛々が頂点に達し、新一は無意識のうちに声を荒げていた。
・・・ほとんど八つ当たりである。その自覚もあった。
しかし、怒鳴られたほうの蘭には別の言い分があったらしく・・・新一の迫力に一瞬ひるんだものの、負けじと言い返してくる。
「・・・なによ、自分だって・・・」
「・・・あんだと?」
「新一だって、ラブレター貰ったり・・・かわいい1年生に告白されたりしてるくせにっ!・・・ちゃんと園子に聞いたんだからねっ!」
「・・・オレはちゃんとその場で断ってるだろーが!」
「わたしだって、ちゃんと断るわよ!」
「・・・じゃあ何で、オレと付き合ってねーって言うんだよ!」
・・・あとで冷静になって考えてみれば、学校の中庭で大喧嘩をした挙句に、人に聞かれては随分と恥ずかしいことを大声で怒鳴ってしまったな・・・と、後悔したものだが、このときには売り言葉に買い言葉の状態で。
蘭が新一との仲を否定したのが気に食わない、という、大変子供じみた理由から新一が臍を曲げていたということを、これでは学校中に宣伝してしまったようなものである。
そして言われた当人である蘭も、新一のその言葉にそれまでの言い合いも忘れたように、ただでさえ大きな瞳をさらに大きく見開いてぽかんと口を開け、新一の顔をまじまじと見返してきた。
蘭が他の男と親しげなのが気に食わない、とか。
蘭が他の男を庇い立てするのが気に食わない、とか。
蘭が他の男に新一との仲を隠し立てするのが気に食わない、とか。
そういう男の沽券に関わるような自分の苛立ちの理由は、極力口にしたくはなかったというのに・・・。ばつが悪くなり、不貞腐れたようにそっぽを向いてしまったが、横顔にささる蘭の視線が痛かった。
きっと、たかがそんなことで不機嫌になってたの?・・・とか言われて、笑われるんだろうな・・・くそ。
「ね、ねえ・・・」
「・・・あん?」
まともに蘭の顔を見られなくて、不貞腐れたままの口調で返事だけを返す。(・・・あん?が返事だとしたら・・・だが)
だが、そんな新一対する蘭の次の台詞は。
「・・・わたし達って、付き合ってるの・・・?」
「・・・はあ?」
思いもよらない蘭の言葉に、新一の目が点になる。
今、こいつは何て言ったんだ?・・・信じられない思いで、新一はまじまじと蘭の顔を見つめ、そして恐る恐る尋ねた。
「・・・オレ、オメーに好きだって言った、よな・・・?」
「う、うん・・・」
顔を赤らめて、蘭が頷く。
「オメーも、オレが好きなんだ、よな・・・?」
「・・・う・・・うん・・・」
さらに顔を赤くして、小さく頷く。
「・・・それで、何で・・・付き合ってねーって、思うんだ・・・?」
素朴な、新一の疑問。それに対して蘭の答えは。
「え、だって・・・付き合ってくれって、言われてないし・・・言ってないし・・・」
(・・・同義語だろ?)
つまり蘭は、照れくさくて二人の関係を否定していたわけではなく、本当に、自分達は付き合っていないと・・・幼馴染のままだと、思っていたということ、なのか・・・?
新一は体中から、さーっと力が抜けていくような気がした。
こちらはとっくに付き合っているつもりでいたというのに・・・しかもそれを、クラスメイト達が聞き耳を立てる教室内で、堂々と宣言してしまっているというのに・・・肝心の蘭には、その自覚さえなかったというのだから。
(・・・オレが勝手に思い込んでただけなのか?・・・いや、けど、ふつーそこまで説明しなくても、わかるだろ・・・?)
昨日、園子が言いたかったことが、わかったような気がした。一から十まできちんと言ってやらなければ、蘭の中での自分達の関係は、先へと進んではいかないのだ。
本当に、昨日から色々と考えていたことが馬鹿馬鹿しくなってくる。まるで自分の一人相撲ではないか・・・。
蘭は相変わらず、わけがわからないといった顔で新一を見つめている。
・・・自分達が付き合っているかどうかの自覚もないヤツに、「他の男と親しげなのが気に入らない」という男心を理解しろといったって・・・無理な話だよな。
新一は小さくため息をつくと、はっきりと言ってやらなければわかってくれない自分の「彼女」に、今度こそ誤解しようのない言葉を選んで、告げるのだった。
「・・・じゃあちゃんと言ってやるから、次からははっきりと断れよ?」
「・・・え?」
「・・・オレと、付き合って下さい」
「新一・・・」
「返事は?」
蘭は耳まで顔を赤くすると、小さく「はい」と呟いて、俯いた。
まさか、同じ人間に、2回も告白することになるとは思わなかったな・・・とは思ったが、そんな蘭の様子があまりにも可愛くて、こんな様子が見られるのなら、それも悪くないのかもしれない。
新一は俯いたままの蘭の細い肩をそっと引き寄せながら、昨日からのもやもやした苛立ちがすーっと消えていくのを感じていた。
場所は中庭。
あたりに人影はなかったが、校舎の窓からは、よく見える場所である。
帝丹高校一の有名人の、痴話喧嘩および抱擁シーンの目撃者は、かなりの数に上ったらしい・・・と、後日、園子に聞かされるのだった。
※※
「でもね、マコトちゃんには・・・ほんとに、きついこと、言わないであげてね?」
帰り道、蘭は困ったような表情で、新一にそう言った。
「・・・え?さっきの1年生が、マコトちゃんとやらじゃねーの?」
てっきりそうだとばかり思っていた新一は、驚いて蘭を見返した。
「何言ってるのよ。そんなわけないでしょ?・・・あのコは佐々木君。だいたいあのコ、男の子じゃないの」
「・・・は?・・・てことは、マコトって・・・女なのか?」
「当たり前じゃない。新一にラブレター出してるんだから」
「・・・ラブレター・・・?」
自分が受取った手紙は、蘭に言い寄る男からの挑戦状だとばかり思っていたのだが・・・。
「けど、差出人・・・『毛利命』って書いてあったぜ?」
「そうよ。だから、マコトちゃん」
「・・・オメーの言ってること、よくわかんねーんだけど・・・」
「だから、「もうりまこと」って、書いてあるでしょ?」
「・・・・・・」
毛利、命。
空手部の1年女子で、苗字が部長である蘭と同じであるため、他の部員達からは下の名前で呼ばれている。
命、と書いて、まこと、と読む。
昨日、体育館裏で、独りぽつんと誰かを待っていた女の子・・・それが、マコトちゃんの正体であった。
〜Fin〜